「いくら機械音痴な紫藤 廉だって、携帯電話くらいは持っているでしょう?」
「持ってるが……目的はなんだ」
「わたしの携帯番号、教えてあげる」
「別に知りたくない。断る」
「わたしが」
入野あかねはねっとりした口調で言った。
「紫藤 廉の携帯番号を知りたいの。人のためになるなら、多少の危険さえ厭わないんでしょう? わたし相手なら、電話番号を教えるのは少しの危険も伴わない」
「はいはい」
むしろ教えない方が危なそうだなと続け、おれはブレザーのポケットから携帯電話を取り出した。
それを彼女へ差し出す。
「これは貴様のためだ。貴様が操作した方が貴様の貴重な時間を使わずに済む」
「連絡先の交換に必要な操作さえまともにできないの?」
入野あかねは呆れたように言いながらおれの携帯電話を受け取った。
「洒落たカバーね」とそれを眺める。
「機械音痴な男の子が持っているものとは思えないわ」
「選ぶものと機械音痴は関係ないだろう」
ふふふと楽しそうに笑い、入野あかねは二つの画面の上で素早く指を動かした。
やがて、「はい」という声とともに携帯電話が返ってきた。
「もう済んだのか」
「これくらいならね」
連絡先を確認すると、「入野あかね」の項目があった。
思わず小さく笑うと、「なによ」と入野あかねは低い声を出した。
「いや、別に。なんかふざけた名前で登録しやがるのだろうと想像してたから」
「馬鹿ね。そんな面倒なことしないわよ」
「へえ」
「じゃあとにかく、今日はよろしくね。会いに行く場合でもそうでない場合でも、連絡はするわ。この時間を無駄にはしたくないからね」
了解と頷き、おれはブレザーのポケットへ携帯電話を戻した。
入野あかねは「またね」と笑顔を残し、階段の方へ歩き出した。
おとなしくしていれば男が放っておかないはずなのにもったいないなと考える。