「じゃあ、あの黒猫ちゃんがすごい子だったのね」

入野あかねは言った。

「きっとあの黒猫ちゃんは、神様を可視化した子だったのよ。そんな黒猫ちゃんをちゃんと愛したから、紫藤 廉は今、その能力を与えられた」

「……なんか貴様、おれや宮原の妄想をくだらないと言う割に、意外と空想家なんだな」

おれが言うと、入野あかねは目を逸らし、炭酸飲料を半分ほど飲んだ。

「別に、空想家なんかじゃないわよ。ただ、非現実的なことでも目の当たりにすれば信じるしかないでしょう、それだけよ」

「いいや、貴様は空想家だな。だから自分は父親と会社の道具であるなどという悲しくつまらない妄想を繰り返し、事実であると思い込んだ」

入野あかねは静かに項垂れた。

おれは彼女の頭に手を載せる。

「つまらない妄想や思い込みをするのは大いに結構だ。他人に見える頃につまらなくなっている妄想や思い込みほど、本人に影響を与えるものはない。

ただ、自分がしていて嬉しくなるようなそれをしろ」

手のひらでそっと曲線をなぞると、小さな苦笑が聞こえた。

「あなた、自分が触られるのは嫌がるのに触るのは好きなのね」

「別に好きじゃない。ただ、お前みたいなやつは普段頭を撫でられることなどないだろうと思ってな。他の者がやらないことを、おれがやらずして誰がやる」

「別に、わたしだって頭を撫でてほしいとか考えていないから」

「そうか? その割に髪の毛の隙間から見える顔は嬉しそうだが」

「うるさい。紫藤 廉ほどの馬鹿になると、相手が喜んでいるか恥ずかしがっているかもわからないの?」

言いながら顔を上げ、こちらを向いた入野あかねの顔に噴き出す。

「……なによ」

「お前もそんなかわいい顔するんだな、面白い。ほっぺたトマトみたいになってんぞ」

声を上げて笑うと、かかとで脛を蹴られた。

「痛いって。いいじゃん、かわいいんだから」

「うるさい馬鹿。言葉を選べない馬鹿は黙っていなさい」