「いくぞ」
おれは言った。
入野あかねは体ごとこちらを向いた。
彼女への合図というよりも、自分に覚悟させる目的の方が大きかった。
おれは右手でピアスを持ち、左手で裏のキャッチを外した。
最後に深く呼吸をし、右手に持つピアスを抜いた。
直後、過去に幾度か感じた胸の痛みとともに心臓が震えるように跳ねた。
紫藤 廉、と入野あかねが叫ぶのが聞こえた。
心臓がゆっくり、大きく跳ねている。痛みはない。
鼓動に合わせ、はあはあと呼吸する。
「黒猫……だ……」
入野あかねは小さく呟いた。
「えっ、紫藤 廉なの?」
入野あかねは躊躇いがちにこちらへ手を伸ばす。
「ああ、紫藤 廉だよ。触るな」
伝える声は、家でよく聞いた愛らしいものだ。
「かわいい。紫藤 廉なの?」
「そう言ってるだろう」
そうなのかな、と入野あかねは呟いた。
「紫藤 廉の面影は一つもないわね。本当に黒猫だもの。触っていい?」
「なにをするんだ、目的はなんだ」
「触っていい?」
「だから目的を言えよ、目的を」
おれはベンチへ飛び乗った。
「すっごいかわいい。これが紫藤 廉の飼っていた神ちゃん?」
おれは首輪をいじった。
「まともに会話をしたければこれを外せ」
「えっ、なに」
これを外せ、と後ろ足で首輪を引く。
「触っていいの?」
入野あかねは静かにおれの首元へ手を伸ばし、首元を撫でた。
「違う馬鹿。宣言してから、この首輪を外せ」