そして兄の依頼からちょうど一月後。依頼どおり見習いの貴族騎士達の評価相手として全員で公爵邸の訓練場に集まり、見届け人である数名の騎士が待機しているそうだ。正騎士ともなれば実力はB級冒険者クラスの猛者。50人が公爵家に仕え、その下にCクラスの見習い騎士や兵士が450名ほどを従えている。

「姉さんどうしたらいい」

「あたいだって知るかよ。それにしても、本当に騎士相手にやりあうのかい?」

 この日のためにラクシャ達も武具を磨き上げ、服装も比較的良いものを着用している。それに説明は済ませているのだが、公爵家の騎士団は王国騎士団と並ぶ精鋭揃いと名高く、不安になるのも仕方がない。

「見習いの評価試験ですが、恐らくラクシャなら相手にもなりませんし、後遺症でも残すような事をしない限り何も問われませんよ」

 待合室では他にも10名程度の冒険者が集められており、各自腕に覚えがあるのか名乗りはしないが、互いを探り合っており良い雰囲気ではない。時折文官が尋ねてきては試験相手となる冒険者を連れてどこかに行く。

「お待たせいたしました。グレン様は第3騎士団の評価担当になっており、私がご案内するよう承っております」

「わかりました」

 グレンに続いてラクシャ・リヒト・ナルタが部屋を出て長い通路を進む。

「グレン、第3騎士団ってなんだ?」

 小声でラクシャが尋ねてくる。確かに貴族ではない限り、情報をしっかり集めてないと知るすべは余りない。とはいえ余りこの場で詳細に話すのは体裁が悪い。

「女性騎士だけで編成された騎士団です。それでも実力は男性騎士団とかわりません」

 エウローリア公爵家の第3騎士団、女性騎士のみで構成された女性王族の護衛担当でもある。女性だけで華やかなイメージを持ちがちだが、実態はえげつない。戦場で捕らえられ男達の慰み者になりえる故に、鍛え方は一般兵士連中よりも遥かに激烈。サーシャからの情報では団長であるロセ・ギゼル・スティア・アール・コークは見習い騎士時代に他国の部隊に捕らえられ、陵辱輪姦された経験もあるそうだ。その後男達を殺して単独で脱出したらしい。
 到着した訓練場では女性騎士達がカカシ相手に模擬剣での打ちこみが行われていたのだが。

「だから! お前ら戦場で男に犯されたいのか! XXXにでも腕を突っ込まれていきたいのか! それとも糞でも喰わされたいか!」

 危機感を煽る意味でも間違っていないが、品も無ければ加減も無い。事実ロセ団長になってから女性騎士の被害が激減した情報から有能ではあるのだが、もう少し言い方ってものがあるのではないだろうか。

「作り物が一生が彼氏なんて事態に陥りたいのか貴様ら! 38の独り身としても結構と辛いのだぞ!」

 頭を抱えたくなる。アレが伯爵家の元令嬢というのだから人は変わるもの、見習い騎士達がぞっとした表情で真剣に練習に打ち込み始めた。女見習い騎士は中級や下級貴族の3~5女である事が多い。監禁陵辱でもされれば婿取りや嫁入りなど不可能に近くなるため避けたいのだろう。

「ロセ様。グレン様とそのお連れ様がいらっしゃいました」

「おう、お前がアークス副長の弟か」

 文官の声で振り返ったロセの顔を見て少々驚いた。茶髪の茶眼の片目が白色失明し顔は傷だらけ、恐らく鎧の下も酷いはず。傷がある状態に体が馴染んでしまったため、治癒魔法が傷を完全に消せる期間を超えてしまい完全には癒せなかっただろう。

「今回の試験の件は聞いている。女見習い騎士からはあの3名が試験を受ける。方法は任せるが評価はこちらで着けさせてもらうからな」

 腰にある剣の柄に手を預けてはいるが、どうやら警戒はしていないようだ。試験を受ける3名の見習い騎士は身なりもかなり良い防具を身につけ、訓練や戦闘を行うような装備ではない。かなり問題があると思うのだが、貴族としての立場と自己責任もあるので強く言うわけにも行かない。それに見習い騎士のままでも護衛としての職務はこなせるし、騎士として生きるつもりがないのなら現状の立場を利用して婿もしくは嫁入り先を探しているのだろう。

「3対1の模擬戦を行いますが、私が戦うことはありません。 男相手なら負けて当然と思われては困りますので、まずはナルタが、次にラーラクシャが相手となります」

 後を着いてきていたナルタが前に出ると他の見習い騎士が木剣をナルタに渡す。温厚とはいえミノタウロス族、ダンジョンを潜っているのを見たところC級冒険者クラスの実力はあるはず。ナルタに勝ち、ラクシャとそれなりに戦えるのなら今の態度でも問題ない実力を持っていると判定も出来るはずだ。

「えーと、私は武器要らないです。木剣だと折れちゃって危なそうですし」

 受け取った木剣を両手で握ると軽くへし折り、準備運動をかねて軽く屈伸している。細身に見える腕でも筋肉の質が全く異なり、人間よりも遥かに強い力を出せる上、身体強化魔法を使わないのであれば鬼人族のラクシャやリヒトよりも力は上回っていた。

「お前達、あいつを倒すつもりでいけ。ミノタウロス族はただでさえ強い、加減しても勝てる相手ではないぞ」

 3人の見習い騎士は少しだるそうに木剣を握り構えを取った。しかし構えは悪くはないのだが、型どおりで固まってまだ揺らぎが見えない。地力が同じ程度ならあれで良いかも知れないが、力が上かもしれない相手には悪手だ。きっちり構えるよりも連携をとって戦う事を優先することが騎士として正しい。

「ところで、君は結婚はまだだったな。その辺の連中でも一人夫人にしてはどうだ」

 ナルタと試験中の三人を除く女騎士達は相変わらず鍛錬を続けており、こちらの言葉が届いている様子は無い。妙な空気になられても困るし、このまま聞こえないままで居てほしいのだが。

「私に求められても困ります。子爵家のものとしてそのようなことは許されません」

 正直、騎士にも貴族にもなる事を考えてはおらず、そんな状態で貴族に連なる女性と結婚するつもりはない。それに結婚するには才能と努力が要るが、前世でも前々世でも独身だった私に才能があるとは思えない。

「女の3~4人くらい甲斐性がなきゃ貴族の男児とは言えん。 ほれ、そこに居る女騎士二三人でも適当に声をかけてやれ」

 確かに貴族は複数の妻を持つ事が多く、女性当主なら入り婿を持つか養子として親族の第二婦人や第三婦人の子を迎える事も少なくはない。しかしそれにしても妙に推してくるのをどうやって断るべきか。

「その辺にしときな。あんたがどういう考えかはわかった。 だけどそれをグレンに求めるのはやめな」

「ふん。戦えない貴族女が生き残るにはその方がいい。冒険者のお前にはわからないだろう」

 ラクシャの横槍にロセ団長の表情は曇る。過酷な体験をしても生き残ってきたロセにしてみれば、いくら部下を厳しく鍛えたとしても危険が無いわけではない。例え第一婦人になれないとしても、戦場で敵に捕らえられ陵辱されるよりは安全が保障され、事によっては第一婦人が子供を設けられず、第二婦人の子が家を継ぐ事になることさえある。第二婦人や第三婦人となれば少なくとも戦場に出ることはほぼ無くなる。最悪妾でも同じ事だが、戦場の危険から逃れるには確実な事。貴族の女性同士の交友はかなり大変だが、文官の情報収集と大差はないとは聞く。会ったことは数度しかないが、両親にも建前上第二婦人が居るし、貴族間のやり取りなど文官兼任として立ち回っていた。考えてみれば婚姻はともかく、今後起こる可能性が高い貴族間の契約や交渉ごとにはサーシャ以外の文官が必要ようだ。

「お話のところすみません。終わっちゃいましたけど、どうします?」

 ナルタの声に視線を向けると3人とも腹部を押さえながら蹲り吐き戻している。本当はある程度ナルタと戦ったあとラクシャと交代するはずだったのだが、素手のナルタに負けるとは余りにもふがいなさ過ぎる。

「何か色々言ってましたけど、加減しなくて良かったんですよね?」

 なんというかどこかのほほんとしているというか、おっとりし過ぎているというか、全く空気が読めていないというか。<?>でも頭上に浮いているような表情をしているナルタを見ていると肩の力が抜ける。恐らく家柄を理由に負けるように言っていたのかもしれないが、ナルタは冒険者の上にどこかの貴族領に住んではいない。ミノタウロス村があるのは王国の管理地域、税もない開拓中のエリアゆえに権力でどうにかできるものではない。ナルタにそこまでの考えは回っていないかもしれないが、戦闘中に権力や家柄を持ってどうにか出来る考えは愚かだ。

「ん、見てなかったが問題はこれからだな。 ほら立て。 立たないならこのまま降格処分にするぞ」

 蹲っている貴族見習い騎士の横に立ち、その背を軽く木剣で軽く叩く。家柄だけで取り成せるのは安全な貴族関係と王都内のみ、そこを離れれば実力だけが身を護り身を立てられる。今は実力が不足していても問題は無く、現在評価すべきは根性があるかどうかに絞られていた。それなりに吐き終わって落ち着いたのか、3人とも立ち上がりまだやる気が萎えていない事がわかった。

「よし、次はラクシャとかいったな。 存分に絞ってやってくれ」

「ったく。お前達、あたしにくだらない事言ったら骨の数本は覚悟しな!」

 ぞっとする表情を浮かべているがそれでも戦意は失っていないらしく、ラクシャとの戦いでカエルが潰れるのに似た悲鳴を上げ続ける。それから30分近く経った所でとうとう立てなくなり地面に倒れたまま動けなくなった。

「3人とも降格は無しだ。これからも努力するように」

 ロセ団長の言葉に返答も無く、その場に倒れたままだが折れた木剣を握ったままで心だけは折れていないようだ。恐らく心を入れ替えたわけではないが、家柄や権力など気にせず叩き潰しに来る存在が居るとわかり、それでも戦う意思を捨てなかった以上降格させる必要はないと判断したようだ。