「リトスよ。おぬし、パンツを盗んで来てくれぬかのぅ~~?」

「……一回死ね! てめぇは、よ!」

 下着を盗んで来いなんて、普通の依頼なんかであるはずもない。

 危険な森をたった一人で渡り、ようやく安全な宿屋にたどりついた直後の事だった。

 エロジジィの言いぐさに、俺は、怒りを込めて、両刃の短剣を構えた。

 だけども、のど元に鋭い刃の切っ先を突きつけられているとゆーのに、ジジィは、へっちゃらのようだった。

 白髪の老人で、俺の背丈の半分ほどしかないくせに、度胸だけは、スワっているらしい。

 ジジィは、人差し指をふりふりっと振ると、片目をつむった。

「だぁってのぅ~~ リトスどのだったら、出来ると思ったのじゃ!」

「俺が、いくら盗賊(シーフ)とはいえ、下着泥棒をするような下品な変態に見えるのか?」

「いや。どちらか、というと胸のない、かわいい女の子に見えるのぅ」

「やっぱり、一回死んでこい!」

 ヒトが一番気にしてることを、いいやがって!

 本気で刺す気になった俺の殺気に、ようやくジジィの顔色が変わった。

「わ~~! 待った、待った!
 これには、深~~い、事情、というモノがあるのじゃ~~
 おぬしが、夜の森をたった一人で渡って来た、優秀な駆者(くしゃ)と見込んで、本当に依頼がある。
 だから、話を聞いてくれんかのぅ~~?」

「言いたいことは、それだけか?」

 ヒトの着替えを覗いた、フトドキなエロジジィの首根っこを押さえれば、『この国の長老』と名乗ったジジィは、俺に短剣をつきつけられたまま、あたふたと言った。

「い、いや。その昔、ワシは『闇影の忍び』として、かなり名をあげたモノじゃ。
 そのワシの動きを気配だけでよみ切り、なおかつ、捕縛出来るとは、おぬしは、相当な腕と見た!」

「てめぇは単に、森を一人で超えて来た、珍しい、ちょっとキレイなよそ者を覗こうとしていただけだろう?」

「ぎく」

「宿帳で名前を調べたあげく、鼻の下をびろーんと伸ばして、鍵穴から着替えを眺めてたら。
 壊れたドアごと、バタンと部屋に入って来ただけのクセに……ちゃんと覗けなくて、残念だったな」

 力一杯脅すつもりで、短剣を構えたまま、俺がにやり、と笑ってやると、さすがのジジィも小さく喉を鳴らした。

 なぜか、俺に手を出したがる間抜けな男は後を絶たないが、こいつは、その中でも最年長クラスだ。

 それが、小国とはいえ、この国の民のまとめ役、って言うか、代表って言うんだから、アタマが痛い。

 ……ナニが、闇影の忍びだ、コラ。

 俺は不機嫌に、眉を寄せて言った。

「俺様の着替えの観賞料は、金貨五枚だ。
 そして、宿屋の主人にもう二ランク上の部屋を用意させろ。
 そいつの料金と、この壊れた扉の修理費もお前持ち……当然だろう?」

 俺に気を呑まれたか、自分でもちょっと高いかな? と思える金額をジジィは素直に俺に手渡し、言いやがった。

「……あと、金貨を五百枚欲しくないか?」

「百人の前で、着替えなんざしねぇぜ? ストリッパーじゃあるまいし」

 金貨五百って言ったら、一年間は遊んで暮らせる金額だ。

 ナニをさせる気だ、と睨むと、ジジィは、大げさに深呼吸をして……言った。

「おぬしに……魔王のパンツを盗んで来てほしいのじゃ」

「ああ? だから。ん、だよそりゃ?」

 さっきも言われたが、言ってる意味が、良くわからねぇ。

 聞き返したら、ヤツは、至極真面目な顔をして、言いやがった。

「ヒトの下半身を覆う、下着じゃ。
 ふつうは、ズボンの下、素肌に密着させて使うモノで……」

 ジジィの説明に、俺はため息をつく。

「……パンツの説明なんざ、いらねぇよ。俺だって、普通にはいてるから」

「おお、話が早くて何よりじゃ。
 では、是非。今、この国を支配している、魔王と呼ばれる男がはいてるヤツを盗んで来てくれたまい!」

「……謹んで、その話はなかったコトにしてもらう」

 話を聞いた途端、即決で、依頼を降りることにした俺に、ジジィが上目遣いで言った。

「な~ぜ~じゃ~
 そりゃ、魔王の機嫌を損ねたら、イノチは危ういかも知れんが、報酬としては、十分なハズじゃ」

 判ってないジジィの言い草に、俺はきちんと説明をしてやった。

「そもそも。
 ……誇り高き、駆者の盗賊(シーフ)は、ヒトさまのモノを奪って生計は立てない。
 剣を振りまわすだけの莫迦戦士や、頭でっかちの魔法使いとは違う。
 高い技術や身軽なカラダを資本に、妖魔の目を盗んで森を渡る。
 あまり大きくない荷物の運搬か、偵察が俺の主な仕事だから、だ」

 …………

 俺の知っている限り、世界は果てまで、もっのすごく面倒くさい森に、沈んでいた。

 どんなに頑張って刈っても、切り倒しても毒々しい紫色の木々や雑草がすぐに生えてくる。

 コイツは、人間や普通の動物には毒で、食べても燃やしても、アウト。

 花が咲けば花粉症の原因になるし、触っても痒い。

 そんな木や草に腹を立てたヤツが、一度森に盛大に火を放ったけれど、燃えたら燃えたで毒の煙を撒き散らす。

 緑の草木と一緒に燃え尽きても、紫の草だけが一晩で戻る辺り、やっぱり何かの魔法が掛かってたんじゃねぇの?

 怪しい草木がボーボーと生えっぱなし、って言うのは不便だ。

 単に、家を建てたり畑にする為の土地の確保に困る、というだけじゃねぇ。

 紫の木が目立つ森には、ヒトを食う妖魔が出るんだよ。

 どうやら太陽の光が苦手らしく、出て来るのは主に夜なんだけれども、今、俺のいる辺りは、森の影が濃くて昼間でも危ねぇかもしれない。

 大きさは、人と同じぐらいから、数十メートルの伝説の爬虫類なんてものもいる。

 そんなモノがフツーの動物より多く森の中を歩き回るうえ、特に白銀色に光るヤツに出会ったら、アウトだと思っていい。

 大人の男だって、ぱくっと一口、妖のおやつ。

 身を守る術のないまま、森に入ろうとしたヤツは皆、あっさりと妖魔の餌食だ。

 森に分断された都市ごとに高い壁で小国家を形成して、なんとか生き延びているって具合だ。

 生き残りたけりゃ、はびこる木々と妖魔から身を守るために石や木や、強力な魔法で高い壁を築くしかねぇからな。

 世間一般のヒトビトのほとんどは、自分の生まれた国から一歩も外に出ずに、一生を終えるヤツが多い。

 それでも、まあ。

 妖魔に傷つけられ、食われる者達は後を絶たなかったけれども、人間たちは、結構したたかに元気に暮らしていた。

 国々をめぐって商売をする商人や、その護衛。

 妖魔退治で金を稼ぐ者の中には、好んで森に出る者が居る。

 そんなイノチ知らずな人間を、ヒトは総称して森を駆ける者……『駆者』(くしゃ)と呼ぶ。


 ……俺みたいなヤツのコトだ。