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「……我慢していた?」
俺は思わず、亜美さんの気になった一言と同じ物を返した。
「そうだと思う。だって、一気に人が変わるなんておかしいから」
それでも、納得がしづらい。彼女は、どんな時もポジティブにいた。……ポジティブに。
まさか、その考え方は自分に無理して? どうも答えが出てこない。一方、神無月は頭に手を置いて、何やら考え込んでいるようだった。すると、彼女が口を開く。
「もしかしたら、あのやたら明るく力強く行動しているのは今まで無理をしていたから?」
「そうね」
亜美さんは即答した。何故、そんなにもはっきりと断言できるのか。そんな疑問が沸々と出てきた程だった。
すると、亜美さんは心を読んでいるかのように語り掛ける。
「彼女の行動の数々が、私には認めてほしいのだってなんとなく思ったの」
「……認めてほしい?」
思わずオウム返しで呟いた。阪南自身が認めてほしいがために、行動していた? 何故、そんな結論になったのか。
「……そもそも、神子ちゃんはみんなに避けられていたのでしょ?」
「……まさか」
それが、恐らく気づいてしまった事だった。正直に受け入れられるとは思えない、その事実はまるでどす黒い景色に覆われる程に。
「そこから考えて、彼女の一連の行動は自分を認めてほしい、友達がほしい……そんな感情が、神子ちゃんのその異様な行動の根底にあるという事になる」
月曜日。俺はいつもの通り通学した。1学期の頃と違う事といえば、通学路で途中から阪南と一緒になる事がなくなった事だろう。彼女がいるといつも賑やかな雰囲気を生み出していた。彼女がいない今は、もう……。
教室までたどり着く。最近は俺より先に来るクラスメイトが増えた様な気がする。……むしろ、俺が遅くなったと言ったほうがいい。
「よお、昌弘」
声を掛けてきたのは、拓海だった。拓海は俺の席に座って待っていたようだった。
「……拓海か」
それいつか聞いたな、と笑いながら言う拓海。のんきそうでなによりだと思った。
「やっぱりのんきに見えるか?」
その流れで、突然拓海が言い出した。まるで、俺の心を読んでいる様に、ピンポイントを突いてきた。
「まあ、そう思われても仕方ないか。いつもこんなノリで話しかけてきている訳だし」
不思議と、独り言にも聞こえた。それが、新鮮で少し迫真的にも聞こえた。
「なんというか、お前最近変わったなって思う。友達だってできただろ?」
「……どういうことなんだ?」
「つまり、今度はお前があいつを変える番だって事だよ」
唐突に話が変わっていて驚いた。一体何の繋がりがあったのかが全くわからないぐらい、流れが不自然で思わずガクッと全身傾きかける。
咄嗟に態勢を立て直してまた、拓海と向き合う。そこにいる彼は、少し俺の印象と違った。
「だってな、お前が変わったのは阪南と友達になれたからだと俺は思うんだ」
ちょっと待ってと言いたかった所だが、拓海がまだ話は続くから無言で聞いとけと釘をさしてくる。仕方がないので、拓海の話を素直に聞く事にする。
「実は、阪南が俺に話かけてきたことがあるんだ。たしか……田月と夢ちゃんをくっつけさせようって奮闘した後だったような」
「……ちょっと待ってくれ」
思わずそう言ってはいられなかった。あの中で阪南と拓海に接点があったのかよくわからなかったからだ。
拓海は俺の意図を察したのか、どういう状況で彼女と話になったのかを語ってきた。
「俺とお前が話してた時、阪南が俺と接してきたときあったろ? あれがきっかけだよ」
あまりにも自然過ぎて気が付かなかった。あの時、阪南は拓海と接触した事が一度あったのだ。
「んで、その時からたまに阪南から近況を聞かされる様になった……ということだ」
「おい、何で阪南の奴お前に対して近況を話してるんだ!?」
そう聞いてはいられなかった。俺に対しては何も言ってないのに、何故拓海に対してだけ近況を語る様になったのかわからない。
「本人に聞いた事があったが、あいつはお前に心配かけたくなかったと言ってたな」
「……は?」
頭に何かが打ち付けられた、そんな気がしたのだ。その一言がまるで今までのものが幻想だったかのような。阪南へのイメージが一瞬で変わってしまったかの様なそんな打撃が加えられた。
拓海は「やっぱりか」と口ずさんで顔を下げる。すると、すぐに顔を上げてこちらの目を見やってくる。
「あいつは、初めて出来た友達であるお前の事、大切に思ってたんだよ」
普通なら気づいていた様な事に気づけなかった。よく考えたら、阪南にとっての初めての友達は、俺だった。
始業式の時点では、彼女は皆に避けられていたと話していた。
多分、彼女はわかっていたのだ。しかし、それを意識的に止める事はできなかった。そして、俺は彼女の本当の気持ちを考える事ができなかった。
「……お前は、阪南を救う事ができる。友達なんて、本心を知る事なんてほとんどできないからな」
拓海の言葉には不思議と説得力があった。多分、それは人から聞く情報を何度も耳を貸し続ける彼だからこそ言えたのかもしれなかった。