その逞しい肩が僅かに震えたような気がした。


「初めて会ったのは、誰も来ないはずの場所で泣いているのを見られたとき」


心が、どうにもならないときだってもちろんある。そんなときの避難場所、あまり人が足を踏み入れない林の奥。そこには背中を預けるのに心地いい、名前も知らない大きな木があった。


初めてそこを訪れたとき――もう何に泣いていたのかは忘れてしまったと、おばあちゃんは笑っていた――ひとしきりの咽びからすすり泣きへと変わりはじめた頃、蜜柑が上から降ってきた。


明らかに、もたれ掛かっている大木はその実が成るものではない。地面に落下する前に見事にそれを手の中に収めた。


「腹が減っているから辛気臭くもなるものだ」


食え。


ぶっきらぼうな声が蜜柑のあとに降りかかり、次に奇妙な格好をした男の人も降ってきた。


木の上のほうから飛び降りてきたらしい男の人は、まるで天から下りてきたかと見紛う、物語の登場人物のような衣装を纏っていた。旅芸人のお方かと問うてみれば、涙で崩れた顔のおばあちゃんの様子にその男の人は舌打ちしたらしい。
悲しい気持ちなど忘れ、失礼な態度をとってきた男の人に文句のひとつでも言ってやろうとしたおばあちゃんの手の中に男は、すでにあった蜜柑だけだなく数個同じものを落としていく。


「食え。腹が満たされればなんとでもなる」


食欲なんかあるはずもなくおばあちゃんは、怪しい人物から受け取ってしまった蜜柑を捨てることも出来ないまま、俯いた。
ああ、また泣いてしまいそうだと涙腺が緩みはじめたとき、ひとこと。


「そんなに辛いのなら連れていってやろうか――ここではないところへ」


「いっ、嫌ですっ」


勢いよく顔を上げ首を横に振ったおばあちゃんに、自分の誘いを断り満足だとでもいうように、男の人は口角を上げた。