おばあちゃんが亡くなった。




もう、話すことも叶わない。


あと少しで顔を見ることも出来なくなるのだと……お通夜までの間、病院から一日だけ家に戻ってきたおばあちゃんの枕元に正座し、永遠の眠りについた安らかな顔を見つめる。


病気で入院してはいたけれど、就寝中に痛がることも苦しむこともなく迎えた最期だったのが救いだったと、両親や叔父叔母たちは言っていた。私も、そうなのかなと。


ただひとつだけ、どうしようもないことかもしれないけれど、悔やむことはある。この家に早く戻ってきたがっていたおばあちゃんを、違うかたちでそうさせてあげたかった。


私はここよりもう少し暖かい地域に住んでいて、正直このような古い日本家屋には夏休みと冬休みしかいられないなというのがあるけれど、おばあちゃんにとっては、ずいぶん早くに先立ってしまったおじいちゃんと過ごした大切な空間だ。


愛しい場所なのだと、同じく愛しい愛しいと私の頭を撫でてくれながら、おばあちゃんは私にたくさんの思い出話を縁側でしてくれていた。





時刻は丑三つ時といったところだろうか。仏間には時計がなく、体感でしかないけれど。


そんなものもあてにはならないだろうな。泣き続けて、顔の表面だけでなく頭の中まで腫れ上がってしまったであろう私のそんな感覚なんて、本当、あてにはならない。


ふるりと身体が震えた。一月後半の古い日本家屋は、外気がどこかしこから入ってきていて、体感する風はないものの、身体は確実に冷えてくる。石油ストーブは続き間の部屋には置いてあるものの、おばあちゃんが眠る仏間にはない。膝の上に丸まっていたストールを肩に羽織った。