「なにやってんだ。

 ほら、早く弾けよ。
 時間がないぞ。

 まだ一度も通しで成功してないんだろうが。

 理事長のご推薦なんだろ。

 お前が失敗したら、理事長が大恥かくことになるんだからな」

 こうして、いつも通りのお小言を聞いていると、今、見聞きしたものは、すべて幻だったようにも感じられるな、と思いながら、真生はパイプオルガンの電源を入れた。

 それを見て坂部が、
「あっ、こらっ。
 お前、まだなんの準備もしてないじゃないかっ」
と文句を言ってくる。

 パイプオルガンは電動送風装置で風を送り込んで演奏する。

 人力で吹子(ふいご)を動かし、風を送っていた十九世紀以前は、一人では演奏できない楽器だった。

 なにもかも手動だった昔は、途中で音色を変えるのにも、他の人の手を借りたりしていたようだ。

「まあ、お前は頑張ってるとは思うよ」
と真生を見張るために、横に仁王立ちになりながらも、坂部は言ってくる。

「パイプオルガンを弾くこともそうだが。
 この曲は楽譜だけで、手本になるような過去の演奏もないしな」

 確かに、大変だ、と呟いたあとで、坂部は、
「でも、俺は好きだな、この曲」
と言ってきた。