トイラはキースのその媚びた態度が気に入らなさそうに、隣で鼻をフンっと鳴らしていた。

 そして春日ユキをちらりと一瞥する。

 冷たいはずの緑の目は、そのとき、懐かしいものを見るかのように優しい眼差しとなっていた。

 張り詰めていた気持ちが突然緩み、トイラの足が欲望のまま無意識に前に出る。
 キースは咄嗟に手を伸ばして遮り、ダメだと注意する。

 はっとして、トイラはもっていきようのないくすぶった感情を押さえ込むように下唇を少し噛んでうつむいた。

 それは注意されて腹を立ててるようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 何も知らないユキはふたりを完全に無視し、下を向いて祈る思いでこの先の事を懸念していた。
 そんなユキの心配などお構いなしに、村上先生は悪気なくユキを名指しする。

「日本語はそのうちなんとかなるだろう。それまで皆も手助けしてやってくれ。特に春日、お前この二人を宜しく頼むぞ。二人にも何かわからないことがあったらお前に聞けといってあるから、手伝ってやってくれ。なんせお前は帰国子女で、英語がぺらぺらだからな」

 ユキが恐れていたことが現実となった。
 『帰国子女』とこの言葉を聞く度に耳をふさぎたくなる。

 その言葉と同時に冷たい視線があちこちから飛び交って、体に突き刺さるのを感じていた。

 ひそひそと話し声が聞こえると、自分のことを悪く言われているようでさらに被害妄想も強まる。

 最悪の瞬間だった。