「もしもし、あの、その新田仁と申しますが、ユ、ユキ……さんはいますか」

 しどろもどろになっていた。

「君は、あのときの……それがユキが、ユキが」

 動揺した声。父親は取り乱していた。

「おじさん、ユキがどうしたんですか」

「まだ帰って来ないんだ」

 ユキの父親は早口で事情を話すと、仁の胸騒ぎが大きく暴れた。

 だが行き先の見当はついていた。

「おじさん、僕、心当たりがあります。探してきます。安心して下さい」

 仁は服を着替えると、親に気づかれないようにそっと家を出た。

 そして自転車に乗り、あの山へと向かった。

「ユキは絶対あそこにいる。トイラを待ってるんだ」

 仁は咳をしながら、暗闇の中自転車を必死で漕いでいた。



 これから夏を迎える夜だというのに、ユキの突っ立っていた場所は急に寒々しい気候に変わっていた。

 ユキの目は見開き、目の前の光景がありえないと、驚いている。

「これは、あの時、初めてトイラに会ったときの私」

 10歳くらいのユキが森の中を彷徨っている姿、即ち自分がそこにいた。

 何かを必死に探そうとしているのか、辺りをきょろきょろしてウサギのように飛び跳ねている。

 ユキの記憶が遡る──。

「思い出した、あの時、誰かに呼ばれたんだ」