放課後、マリはユキの前に立ちはだかった。

「春日さん、今日おかしいけど、何かあったの」

 マリの顔を無表情でユキは見上げた。

 ユキはマリのことなど眼中にない。

「春日さん、やっぱり変、あなたらしくない」

「矢鍋さん、私には構わないで。あなたも私のこと嫌いで虐めてたじゃない」

 ユキは淡々と事実を述べただけで、そのことに関しての感情は何もこもってなかった。

 ユキの目はどこをみることもなく虚ろで伏し目がちになった。

 マリの眉毛が釣りあがる。

 突然パンっという音が聞こえると、ユキの片方の頬は赤くはれていた。

 マリは目に涙を薄っすらとため、ユキを捨てるように置き去りにして、教室を出て行ってしまった。

 教室に残っていた生徒達はその光景に唖然としていたが、誰一人口を挟むものはいなかった。

 ユキはひっぱたかれた頬に触れた。

 熱くジンジンとする。

 マリにはネチネチと言葉で虐められても、手を出されたことは一度もなかった。

 とうとう叩かれたかと思いながら、それでも何一つ反論せず、ユキは教室をトボトボと出て行った。

 廊下に出ると隣のクラスに目が行った。

 ──そういえば、まだ仁を見ていない。

 そう思っても、仁に会いたい気持ちすらなく、そのまま下駄箱へ向かった。

 どこをみてもトイラとキースは居ない。

 誰も何も覚えていない。

 ──でも、私は覚えてるの! ここにはトイラとキースが確かに居たんだから。

 もういてもたってもいられない。

 ユキの足はあの山へとまた向かう。

 まだ繋がってるかもしれない。

 ほんとはトイラは嘘をついていたのかもしれない。

 確かめなくてはと諦められない感情をむき出しにして、もしかしたらもしかしたらとユキは狂ったように歩き出した。

 黒豹に『もう私 にはどうすることもできない。どうか忘れて欲しい』といわれて、はいそうですかと引き下がれるものではなかった。

 すぐには割り切れない感情は怒りに変わりつつあった。