その晩ユキはあまり寝た気がしない。

 朝、父親に起こされたので、少しは寝たのだろうが、それすらわからないほどの感覚だった。

 朝ごはんも食べずに、父親と全く口も利かず、ユキは学校に出かけた。

 その姿は覇気がなく、魂が抜けたようだった。

 それでももしかして、もしかしてとトイラが学校に現れる淡い期待を絶望だらけの心の中でもまだ抱いていた。

 必死で足を学校に向ける。

 それはいつもと変わらない朝だった。

 ユキの抱く気持ちなど全く無視した、平等に誰にでも訪れる朝だった。

 前日は気にならなかった当たり前の太陽の光も、 このときはまぶしすぎた。

 どこか刺すようで、心が痛い。

 重い足を引きずるように、ひとり通学路を歩く。

 学校までの道のりがこの日に限って長く果てしなく続き、このままでは無事に辿りつけるか自信がなかった。

『ユキ、学校遅れるぞ』

 どこからかそんな声が聞こえてきそうで前後左右見渡す。

 どこにも彼らはいない──。

 叫び出したくなる感情を必死に抑えると、行き場のない無駄な感情は突然足を早く動かした。

 自棄を起こすそんな歩き方だった。


 教室に入って新たにユキはショックを受けた。

 自分の両隣の机がない。トイラとキースが前日まで座っていた痕跡すら残っていなかった。

 クラスの誰一人、トイラとキースのことを覚えていない。

 前日屋上で自分が吊るされて落ちた事件があったのに、それすら誰も覚えていない。

 ユキは一人、頭を下げて暗く座っていた。

 ミカがニコやかに寄ってくる。

「あら、春日さん、なんか暗いけど、大丈夫?」

 ユキは顔をあげた。

 相変わらず、チワワのようなあどけない瞳を向けて、ミカはか弱くお嬢さんぶっていた。

 その顔が急に鬱陶しく思える。

 この笑顔は偽善──。

「五十嵐さん、私のこと嫌いでしょ。無理に話しかけてくれなくてもいいよ」

「何言ってるの」

 ミカは気分を損ねると、ほっぺたを膨らませて去っていった。

 そして他の女の子とユキをちらちらみながら何かを話す。

 ──もう何を言われても気にしない。嫌われてもどうでもいい。そう、もうどうでもいい。みんなもっと嫌うがいい。

 ユキの投げやりな気持ちは、却って怖いものなどないくらい、妙な強さを発揮していた。

 そしてその日クラスの誰一人寄せ付けず、孤立まっしぐらだった。

 マリはユキのトゲトゲしいその姿を見て我慢できなくなっていた。