湯船の中、ユキの冷たい体がジンジンと温められていく。

 だが心は冷え切ったままだった。

 胸の痣は何度探しても、もうどこにも見当たらない。

 あれだけ痛い思いをしながら、すっかりその痛みは忘れていた。

 そっと胸に触れて暫く目を瞑っていた。

「私は夢を見てたの?」

 風呂上り、冷蔵庫の中から水を取り出そうと、腰をかがめてペットボトルに触れたとき、冷蔵庫の中に魚の干物やベーコンが目に飛び込んだ。

「トイラとキースの好物だ。やはり夢でもない。これはトイラとキースのために用意したもの。やはりここに居たんだ」

 焼き魚とベーコンを口に頬張っているトイラとキースの顔が目に浮かぶ。

 突然、拒否反応を起こし、冷蔵庫のドアを両手で強く押さえるように閉めて八つ当たった。

 中でジャムの瓶や調味料のぶつかり合った音が冷蔵庫の不平のように聞こえた。

 冷蔵庫のドアに背を向けてもたれると、ユキは力が抜けたようにしゃがみこんでしまった。

 キッチンのシンクを見れば、トイラが洗いものを手伝っている姿が映し出される。

 ダイニングのテーブルを見れば、三人でご飯を食べていた光景が蜃気楼のように浮かび上がる。

 居間を見れば、ソファーに座わる二人が思い出される。

 そして縁側──。

 あそこでトイラとじゃれていた、ドキドキと幸せだった日々。

 ──もうそのトイラはいない。

 薄暗いキッチン。

 冷たい床。

 水道の蛇口から水滴が一つ恐ろしく静かな空間でピチャっと音を立てた。

 その小さな滴りは涙とこの上ない孤独なユキの寂しさを代弁していた。