「何してるんだ、ここはユキの部屋じゃないだろう」

「何してるのは、そっちの方よ」

 ユキの怒りの叫びが部屋いっぱいに跳ね返り、父親は萎縮する。

「黙って行ったこと怒ってるんだな。急に呼ばれしまって、突然の出張だったんだ。一人にさせてすまなかった」

「えっ、一人にさせた? 留学生のこと覚えてないの?」

「ん? なんのことだ。誰かここに来たのか?」

 ユキはこの時気がついた。

 父親が突然いなくなったのも、トイラとキースが企んだことだったと。

 記憶を消すことができるのなら、出張させる小細工をすることも容易いことなんだろうと思うと、父を責める気はなくなった。

 全ては計画された出来事だった。

 そして後始末は何もかも抹消。

 ここまで皆が忘れてしまうと、ユキは自分が夢を見てたのかとさえ思えてきた。

 一体何が本当にあったことなのかわからない。

 しかし一つだけはっきりしていた。

 トイラを思う気持ち──。

 これだけは誰が否定しようとユキの心にしっかり残っている。

 ユキは突然号泣した。

 トイラを求めて、ただひたすら求めて、トイラを思い描けば描くほど悲しみは深く、そのまた深くと広がっていく。

 父親は娘の涙に慌てていた。

 自分が全て悪いんだと、ひたすら謝っていた。

 本当の涙の理由など知る由もない。

 ユキも説明できず、父親のせいじゃないと首を横に振ることしかできなかった。

「ユキ、いつも身勝手な父親でごめん。今回帰ってきたのも、またあっちで過ごす話があって、それでユキに相談に来たんだ」

「えっ? あっちって、アメリカに戻るの?」

「ああ、そうだ。やっぱりパパは日本よりも海外の方がいいって思った。ユキを振り回してすまない。できたら向こうの高校が始まる9月までに戻りたいと思っている。ユキ一緒に来てくれるかい?」

 ユキの脳裏にはあの森のことが真っ先に浮かんでいた。