「ユキ、しっかりしろ。歩くんだ、しっかりと自分の足で歩くんだ。歩くしかないんだよ」

 ユキの髪は雨を吸い込み、先端で水滴がぽたぽたと滴り落ちている。

 もうこれ以上ユキを苦しめるなと、仁は自分の制服のブレザーを脱いでユキの頭に被せた。

 そのまま有無を言わさずユキの手をとり歩き出した。

 その力に負けてユキも足を動かした。

 二人はトボトボと元来た道を戻っていく。

 田島亮一の家はこの雨で火が弱くなり鎮火しようとしていた。

 森には幸い火は燃え広がらず、田島の家だけがきれいさっぱりと燃え尽きた。

 周りには数台の消防車が、赤く浮き上がって見えた。

 消防隊がホースをもって最後まで火を消すために忙しく動き回っている。

 まだ現場の混乱は続いていた。

「誰か森の中にいるぞ」

 消防士が仁とユキに気がついた。

 良子と柴山がその声に反応して慌てて駆け寄ってきた。

「仁、ユキちゃん。どこに行ってたの。心配したわ」

 良子が声をかけた。

「良子さん、トイラとキースが行ってしまったんだ」

 仁が説明する。

 良子は『ん?』という顔で疑問符を頭に飾っていた。

 トイラとキースのことを覚えてない。

「良子さん、トイラとキースのこと覚えてないの?」

「なんのこと? 誰それ?」

 仁はこんなにも早く記憶が消されたことに驚くよりも、ユキの悲しみがまた深くなることを懸念した。

 咄嗟にユキを見つめた。

 ユキは益々心を閉ざし、より一層頭をうなだれていた。

 ──このままではユキはダメになってしまう。

 仁は不安を拭えなかった。

 またジークから貰った巾着袋のことを考えてしまった。

「だけどさ、なんで俺達こんなところで火事みてるんだろう。何しにここに来たんだ?」

 柴山が独り言のように呟いた。

 トイラとキースの記憶と共に、それにまつわる全てのことを忘れていた。