「トイラ、何を今更迷ってるんだ。もう時間がないぞ」

 ユキの命が消える──。

 切羽詰ったこの瞬間、何が正しいかなどキースはもうどうでもよくなった。

 反応を示さないトイラにキースは意地になって何度とせかす。

 ユキの胸の痣はほとんど満月と見間違えるほどの形になっていた。

 あと数分程で満月になる。

 それはユキの死へのカウントダウン。

 キースも仁もまるで荒波の海の中に投げ込まれ、なす術もなくただ丸太に捕まって流されているようで絶望感漂う。

 トイラは神色自若でユキを見据えている。

 さっきまでの焦りは消え、恐れまでも存在しないくらいの穏やかな表情をしていた。

 突然眉をキリリと上に上げ、精悍な表情をキースに向ける。

 情熱と強烈な精神が緑の目に映し出された。

「キース、お前は本当にいい友達だ。俺にはもったいないくらいの親友だ。願わくばこれからもそうでありたい」

「トイラ、こんなときに何を言ってるんだ」

 トイラは次に光を帯びた目を仁に向けた。

「仁、ユキを思う気持ち、俺と同じ。お前は優しい男だ。お前の方がユキに相応しいのかもしれない」

「ユキの命の玉を取るからって、僕に同情しているのか」

 ずたずたになった心に冷気を吹きさらされたように、仁の心は痛みで沁みわたった。

 この場に及んでの慰めなど神経を逆なでされるだけだった。

「違うんだ、ユキを助ける方法がわかったんだ。大蛇の森の守り主が言っていた言葉の意味がやっとわかった」

 その言葉は不安と悲しみを一気に消し去った。

「ジーク、そこに突っ立ってないで、こっちにこい。早く」

 トイラに呼ばれてジークは恐る恐る近づいた。

 キースも仁も何が起こるのかと目に力を込めて固唾を呑んだ。

「ジーク、お前が取った行動は許されるべきではない。だが、これは全て大蛇の森の守り主が仕組んだこと。お前もまた森の守り駒として必要な存在だった」

「なんのことだ、トイラ」

「いいか、ジーク良く聞け。これからは森に忠誠を誓え。そうすればお前は許される。もう何を言われても逃げるんじゃない」

 ジークはトイラの言ってる意味がよくわからないのか、混乱していた。

 その場ででくの坊のようにただ突っ立っている。

 トイラは再びユキに焦点を合わせる。

 魂に刻まれたユキへの愛を再確認しながら、愛しく髪の毛一本一本にまで愛撫するように眺める。