「助けを目の前で求められてほっとけなかったんだよ。例え憎い相手でも、僕は黙って見殺しにできなかったんだ。嫌だよ、命が消えていくのを何もしないでただ見ているなんて」

 仁は自分でもお人好しなのはわかっていた。

 敵に塩を送ってどうするんだと言われても、自分がとった行動は間違ってないと言い切れた。

 その表情は晴れ晴れとしていた。

「お前、本当に馬鹿だな。でも、ありがとう」

 ジークは鼻で笑ったような息をもらす。

 最後の部分だけ小さな声で呟いたが、目を硬く瞑り、心から感情が湧き上がっていた。

 仁は聞き間違えたかとぽかんと口をあけて目をぱちくりした。

 ジークが再び目を開けて仁と見詰め合ったとき、表情から敵意がすっかり消えていた。

 口角が上 向き薄っすらと笑みをこぼしているようにみえた。

 キースは一部始終をみていて首をうなだれた。

 余計なことをしてと仁の取った行動に失望の色が顔からにじみ出ていた。

「仁、折角のチャンスを……」

 しかしトイラは違った。

 顔は硬直し、恐るべきものをみたようにその目はいつもの倍ほど見開ききっている。

 脳天からジーンとした痺れが体中突き抜けた。

 触られても全く感触を感じない程、体の機能が停止している。

 ユキは時折、小さなうめき声を出し、いつ命が消えてもおかしくないほど、虫の息になっていた。

「トイラ、どうするんだ。ユキの命の玉を取るなら今しかない」

 ジークになんか囚われている暇はないとキースはせかす。

 だがトイラは、体中を叩きのめされたほどのショック状態で全く動こうとしなかった。

「トイラ! どうした。このままでは間に合わなくなるぞ!」

 キースの怒りに似た叫びに仁ははっとして、ユキの側へと駆けつけた。

 トイラの近くに寄れば必ず現れたくしゃみもこの時全くでなかった。

 さっきの異変で、仁の体 にも何か影響を及ぼしてい た。