仁の家のドアの前で、ドアベルを押す手に迷いが生じる。

 ぐっと右手に力を入れては震えるように人差し指を伸ばし、目を瞑った瞬間に勢いつけてドアベルを押した。

 中でパタパタとスリッパで小走りする音が聞こえ、そしてドアが開いた。

「あら、ユキちゃんじゃないの」

 仁の母親は口に手をあてていた。

「おばさん」

 ユキは太陽のような優しい仁の母親の温もりを期待する。

 すがるような目で助けを求めていた。

 大粒の涙がこぼれ、その場で泣き崩れてしまうと、仁の母親は優しく肩を抱いて家の中へ迎えてくれた。

 ユキを居間のソファーに座わらせ、目線をユキの高さまで合わせると、温かい日差しのような笑顔を降り注いだ。

 ユキは涙を撒き散らしながら、スカートの端をぎゅっと握りしめる。

「おばさん、突然ごめんなさい。でも行くところがなくて、どうしても怖くてここに来ちゃったの」

「いいのよ、ユキちゃん。それに今日大変なことがあったでしょ。テレビで観たわ」

「おばさん、やっぱり知ってるんだ。私なんかここに来たら迷惑ですね」

 ユキはこみ上げてくる悲しみをむせながらひっくひっくと肩を震わしていた。

「ううん、いいのよ。頼ってくれて嬉しいくらいよ。それにユキちゃん怖い思いしたんでしょ。とにかくゆっくりして落ち着きましょう」

 突然ユキのお腹が『ぐーっ』となった。

 時計ではもう昼をとっくに回っていた。

「ユキちゃん、お昼ご飯まだね。今、なんか作ってあげるからね」

 ユキはただ泣いていた。こんなときにでもお腹が空く自分が恥ずかしい。

 めまぐるしく命がけの危険な目にあい、自分の心は秩序がないくらい無茶苦茶になっていた。

 何をどう考えていいのか完全に混乱していた。

 ジークに追われる怖さと、トイラとキースが捕まってしまった憤り、そして今自分は助けを求めて裏切った仁の家に来てしまったやるせない思い、これほど一度にいろんな感情を持ち合わせてしまうと、水の中でおぼれているかのように苦しかった。

 キッチンから何かいい匂いがしてくる。

 またユキのお腹がグーとなってしまった。

 こんなときでもお腹は空き、自分が情けなくなる感情も更に追加してしまった。