その日の夕方、ユキは夕飯の支度に忙しくしていた。

「なんとか落ち着いたね」

 キースが家のソファーに座ってテレビを観ながら呟いた。

「だけどさ、これすごいぜ。豹と狼饅頭」

 トイラは、豹というより、猫みたいな形の饅頭をぱくついていた。

 目の前のコーヒーテーブルの上に商店街からのお礼なのか、いろんなものも届いている。

「トイラ、ご飯の前にお菓子食べないでよ。もうすぐだから」

 母親のようにユキは注意していた。

「だけど、心配することなくてほんとよかった。一時はどうなるかって思った。それでも仁のことは許せない。キスまでしといて、この仕打ちはなんなのよ」

 ユキは独り言のようにぶつぶつと愚痴っていた。

「えっ、キスされたの?」

 キースの耳には小声でもしっかりと届いていた。

「あっ、それはどうでもいいの。ご飯できたよ」

 ユキはつい口走ってしまって慌てていた。

 でももうほんとそんなことどうでもよくなっていた。

 仁に対しての怒りだけが収まらなかった。

「だけど、やっぱりおかしいよ。仁がこんなことするなんて。俺たちを裏切るような奴じゃないよ。何か訳がある」

 トイラはじっと考えていた。

「こんなことされてまで、トイラは仁の肩を持つの? 絶対これは私に対する嫌がらせよ。仁がそんな人だと思わなかった」

「ユキ、本気でそう思うか? 仁はあれだけユキのこと好きなのに、嫌がらせするような奴だと思うか?」

「やだ、トイラ、なんでそこまで仁の肩持つのよ。仁の話をするのは止めて。考えたくもない」

 ユキは一人でプンプンしていた。

 しかしトイラは、怪我をした自分を運んでくれたことを思い出すと、仁がこんなことをするには訳があるとしか思えなかった。

 心の底ではジークが絡んでいるんではないかと疑っていた。

 かつて自分も同じように、言葉巧みに騙されたことがあるだけに、誰かが絡んでいないと仁はこんなことをするはずがないと思えてならなかった。