恋の宝石ずっと輝かせて

 ミカは恥ずかしげもなくキースの腕を組んだ。

 キースは嫌がりもせず、素敵な笑顔を振りまいていた。

 それが効果をもたらし、また女生徒達はキースの元に集まってきた。

 戸惑って、ただ様子をみてただけなのだろう。

 実際自分の目でその事実を見たことなければ、本当に黒豹や狼に変身するなんて普通信じられるはずがない。

 ユキはほっと胸をなでおろした。

 図太いミカだから、例えキースが狼であっても気にしないことだろう。

 クラスの雰囲気をかえるなんて、ミカも役に立つことがあるもんだとユキは思った。

 陰険だけど……と付け足しも忘れなかった。

 そのとき、仁が廊下を歩いていくのがユキの目に入った。

 咄嗟に追いかけて、教室に入ろうとする仁を呼び止める。

「仁、話があるの」

「ユキ、もう先生が来るよ。また後でいい?」

 仁は冷たくあしらって自分の教室に入っていった。

 優しくてお人よしの仁が急に非情に変わってしまい、ユキは悲しくなってくる。

 それでも裏切ったことは許せない。

 ユキはくすぶった感情を抱いて、どうすべきなのか考え込んでいた。
 
 仁もまた、ユキのためとはいえ、この先が上手くいくか不安でたまらない。

 心を鬼にして踏ん張っているが、もし失敗した場合、ユキに嫌われるどころだけで済まない。

 ユキの命が危ない。

 何度も心の中で『君のためだから』と呟いて正気を保っていた。

 結果として、仁と柴山がやったことは町の役に大いに役立った。

 高校にも問い合わせが入り、学校側は宣伝になったと喜んでいた。

 町もなんの騒ぎかと野次馬がいろんなところからやってきて、みやげ物屋や地元の商店街の客が増え、挙句にそれを利用して、豹と狼饅頭などの商品まで便乗して現れた。

 そのうちグッズも流行のゆるきゃら風に作られて売られるかもしれない。

 黒豹と狼の需要はたくさん見込めた。

 町の住民誰もが、噂の真相を信じるどころか、この恩恵を受けて、トイラとキースに感謝していた。

 ほとんどの人が、本当のことだと信じるものはいなかった。

 ワイドショーも結局は町おこしに利用されたという結果に終わり、あっという間に騒ぎは沈静化へ向かった。

 柴山は町には感謝されたが、仕事仲間からそんな馬鹿らしいことをしてまで、出身地を盛り上げたのかと笑われていた。

 良子にまで笑われて、さすがに腹が立ったのか、このままで済まそうとは思わなかった。

 仁も思わぬ方向に事が運んでしまって、苛々していた。

 ユキには嫌われ、トイラとキースにも怖くて近づけない。

 逃げるような思いで学校ではおどおどしていた。

 またあの喫茶店で仁と柴山は、コーヒーを囲んで話していた。

「仁、大失敗だよ。なんでみんな信じないんだ。本当のことなのに」

 柴山は、腕を組んで椅子の背もたれに深く腰を掛けていた。

「このままじゃダメだ、もう時間がない。約束の日まであと三日」

 仁は絶望感でうなだれていた。

「何が約束の日まであと三日だ?」

「いや、それは柴山さんには関係ないんだけど、とにかくトイラとキースがユキから離れてくれないと困るんだよ」

「俺も、恥掻いたよ。本当のことなのに、なんで俺が馬鹿にされないといけなんだ。しかも良子にまで今まで以上に罵倒されたよ」

 柴山は悔しくてたまらず、ストレスで頭を掻き毟っていた。

「他に何か良い方法がないんだろうか。柴山さんもこのまま引き下がらないよね」

「そりゃ、そうだが、うーん。あっ、そうだ。こうなったらユキちゃんを使おう」

「何をするの」

 柴山は仁に計画をこそこそと話し出した。

 少々危険が伴うのか仁の顔が怪訝になっていた。

 その日の夕方、ユキは夕飯の支度に忙しくしていた。

「なんとか落ち着いたね」

 キースが家のソファーに座ってテレビを観ながら呟いた。

「だけどさ、これすごいぜ。豹と狼饅頭」

 トイラは、豹というより、猫みたいな形の饅頭をぱくついていた。

 目の前のコーヒーテーブルの上に商店街からのお礼なのか、いろんなものも届いている。

「トイラ、ご飯の前にお菓子食べないでよ。もうすぐだから」

 母親のようにユキは注意していた。

「だけど、心配することなくてほんとよかった。一時はどうなるかって思った。それでも仁のことは許せない。キスまでしといて、この仕打ちはなんなのよ」

 ユキは独り言のようにぶつぶつと愚痴っていた。

「えっ、キスされたの?」

 キースの耳には小声でもしっかりと届いていた。

「あっ、それはどうでもいいの。ご飯できたよ」

 ユキはつい口走ってしまって慌てていた。

 でももうほんとそんなことどうでもよくなっていた。

 仁に対しての怒りだけが収まらなかった。

「だけど、やっぱりおかしいよ。仁がこんなことするなんて。俺たちを裏切るような奴じゃないよ。何か訳がある」

 トイラはじっと考えていた。

「こんなことされてまで、トイラは仁の肩を持つの? 絶対これは私に対する嫌がらせよ。仁がそんな人だと思わなかった」

「ユキ、本気でそう思うか? 仁はあれだけユキのこと好きなのに、嫌がらせするような奴だと思うか?」

「やだ、トイラ、なんでそこまで仁の肩持つのよ。仁の話をするのは止めて。考えたくもない」

 ユキは一人でプンプンしていた。

 しかしトイラは、怪我をした自分を運んでくれたことを思い出すと、仁がこんなことをするには訳があるとしか思えなかった。

 心の底ではジークが絡んでいるんではないかと疑っていた。

 かつて自分も同じように、言葉巧みに騙されたことがあるだけに、誰かが絡んでいないと仁はこんなことをするはずがないと思えてならなかった。

 次の日、一時間目の授業が始まろうとしていたときだった。

 担任の村上先生がユキに声を掛けた。

「春日のお父さんのことで緊急な話があるそうだ。詳しいことを知らせようと、知り合いの方が今学校にきてるらしいから、すぐに職員室に行きなさい」

「えっ、何があったのかしら」

 ユキは不安な面持ちで席を立ち上がり教室を出て行った。

 トイラとキースは顔を見合わせる。

 どちらも落ち着かず、不安げな面持ちをしていた。

 ユキが職員室に行くと、その前で柴山が立っていた。

「えっ? 柴山さん? どうしてここに」

 仁と組んで騒動を起こしたことで、ユキは怪訝に柴山を見ていた。

「ユキちゃん、嘘ついて呼び出してごめん。悪いんだけどちょっと話があるんだ。トイラとキースのことで」

「一体何ですか?」

「ここでは話せない。ついて来てくれないか」

 柴山はさっさと歩き出し、ユキは仕方なく後を追う。

 トイラを車で送ってもらったとき、雑談でこの地元で育ち、この学校の出身と教えてくれたが、出身校なことだけあって、隅々まで熟知している。

 ユキはどうしたものか思案しながら、結局柴山が行くところまでついていってしまった。

「柴山さん、屋上なんかに来て、何なんですか」

「ユキちゃん、ごめんよ。どうしてもトイラとキースが、黒豹と狼だって世間に知らせたいんだ。写真ではことごとく失敗したからね。手荒だけど、ユキちゃんを利用させて貰うね」

 柴山の顔つきが怖くなる。

「ちょっと待って下さい」

 危機を感じたユキは逃げようとするが、徐々に柴山に追い詰められ、屋上のフェンスまで追いやられていた。

 柴山が不気味に近づいてくる。何をされるのか分からず、恐怖心だけが肥大する。

 柴山がユキに襲い掛かり、ユキは口を押さえつけられた。

 ユキの力で払いのけられず、もみ合ううちに力が消耗していく。

 一瞬の隙をつかれて、ユキの口にはガムテープが張られ、体を予めそこに用意していた縄で手際よく縛られた。

 ユキは思うように抵抗することもできず、悔しさで涙がにじんでいた。

「ユキちゃん、安全は保障……できるかな。とにかくトイラとキース次第だ」

 ユキは軽々と柴山の肩に担がれ、次の瞬間、底知れぬ恐怖が襲った。

 何やら運動場が騒がしくなった。

「人が屋上から吊るされてるぞ」

 その声が各クラスに届くや否や、確認しようと教室の窓にたくさんの顔が集まった。

 それを見た女子の『キャー』という悲鳴まで聞こえてきた。

 トイラとキースも確認するが、顔まで確かめられない。

「落ち着きなさい、みんな」

 担任の村上先生がなだめようとしたとき、教室のドアが大きな音を立てて開いて、誰かが入ってくる。

「村上先生、大変です。このクラスの春日ユキが屋上から吊るされてます」

「何だって!」

 トイラが叫んで立ち上がるや否や、弾丸のごとくすぐに教室から出て行った。

 クラスは一瞬のことに唖然としていた。

 トイラは素早かった。

 一目散に廊下を走りぬけ、階段を何段も一度に飛び越えて駆け上がっていた。

 無我夢中で屋上に立つ。

 屋上の柵の側に柴山が立っていた。

 その柵からはロープがピーンと吊るされている。

 そして柴山の右手には ナイフがきらりと光っていた。

 どのクラスの生徒も、窓から顔を出して上を見ている。

 事件を正確に把握してないクラスは、火事でも起こったかと、一斉に校舎から避難しだす始末だった。

 学校中が大騒ぎで、ぶら下がっているユキを見ていた。

 やがて警察や救急車、消防車までもが集まってくると、その騒ぎは学校内だけでは収まらず、町を巻き込んでの驚天動地の騒ぎとなった。

 キースはすでに教室を出て、運動場で下から見守っていた。

 もしもの時はユキを受け止める覚悟だ。

 全ての企みを知っていた仁もやりきれない思いで、歯を食いしばっている。

 近くに居たキースと目が合うと、逃げるように目を逸らしていた。


「ユキに何をする」

 怒りで我を忘れ、トイラの髪が逆立っている。

「トイラ、ユキちゃんを助けたかったら黒豹になるんだ。そして皆にその姿を見せろ」

 トイラは『グルルルルル』と唸っていた。

 人の姿のままで近づこうとする。

「おっと、待ったトイラ。その姿で近づいたら、このロープを切る」

「止めろ、ユキが落ちてしまう」

「さあ、どうする。黒豹になるのか、ならないのか」

 トイラは柴山の望みどおりに黒豹になってやった。

 そして柴山に飛び掛かった。

 柴山は持っていたナイフを闇雲に振り回した。

 トイラは唸りながら、何度も飛び掛かり、攻撃態勢を崩さなかった。

「おい、屋上でなんかやってるぞ。黒いものが飛び交ってるのが見える」

 運動場から皆首を伸ばして見ていた。

 ユキも何が起こっているか様子見ようと体をよじらせた。

 トイラが黒豹の姿で戦っている姿がちらりとみえる。

 ユキはトイラに何かを言いたくて、もごもごしている。

 そして足が自然とばたつくと、その拍子に振り子のようにゆれていた。

 それがまたユキの恐怖をそそった。

 下ではユキが動くたび、『うわぁ』や『キャー』という声が漏れていた。

 ユキの縛られていたロープが動く摩擦に耐えられなくなり、徐々に切れかけてくる。

 その下では消防隊が落ちても大丈夫なように、布をぴーんと広げて救助の待機をしていた。

「トイラ、待て、ユキちゃんのロープが切れ掛かっている」

 柴山が気がついて真っ青になった。

 ただのはったりにすぎず、ユキを落とそうとは全く考えていなかった。

「ユキ!」

 そのときロープが切れてしまった。

 ユキが落ちていく。

 トイラは柵を乗り越え、黒豹の姿のままで垂直に壁を走り、ジャンプした。

「おい、あれ黒豹じゃないのか」

 運動場の人だかりは、突然の出来事に息を飲んだ。

 トイラは人の姿になり、ユキを抱き上げ、一回転して、ユキの衝撃が少しでも和らぐように庇いながら、布の上に落ちた。

「ユキ、大丈夫か」

 ユキの口に張ってあったガムテープと縄をトイラははずしてやった。

 ユキは自分が落ちたことよりも、トイラが黒豹の姿を皆に見られたことが衝撃で、目に涙をためて周りを 見回していた。

「トイラ、ごめんなさい」

「何謝ってんだ、ユキが無事でよかった」

 周りは騒然としていた。

 次々にやっぱりあの噂は本当だったと言い出して、キースの周りも人が避けるようにいなくなった。

 仁だけその場に留まり、悲しい顔をして申し訳なさそうにキースを見つめていた。

「キース、ごめん。これもユキのためなんだ。許して欲しい」

「なんのことだ、仁。この騒動を企んだのも仁なのか? やはりジークが関係してるのか」

 仁は何も答えずキースから遠ざかっていった。


 屋上では警察が柴山を現行犯逮捕していた。

「今の見ただろ。あいつは黒豹なんだよ。アハハハハハ」

 狂人のように笑っては正気をすっかり失っていた。

 手錠で手を繋がれ連行されていった。

 トイラが立ち上がると、周りは後ろずさりをするように引いた。

 キースはトイラとユキの側に寄りそい、三人で一緒に突っ立っている。

 警察が近寄って事情聴取の任意をユキに求めてきた。

 だが、トイラの前ではどこか怯えていた。

 トイラは大勢の目の前で、黒豹の姿を見せてしまい、もう誤魔化せなかった。

 周りを見渡し、自分に怯えている人間の目だけがいくつも宙に浮いているように 見えた。

 そしてその状況は、柴山があらかじめ手配していたテレビ局のカメラによって一部始終を撮られ、それはすぐにテレビに放映されることになった。

 ユキは助けを求める目で、周りを見渡すように見つめていた。

(お願い、誰かトイラを助けて)

 ユキは救急隊員に手をとられ、救急車に乗せられそうになった。

「私は大丈夫です」

 そのときだった。

 警察がトイラとキースの手に手錠をかけた。

 ユキはそれを見て、不公正な扱いに痛憤した。