その晩ユキは何度となく仁の携帯に電話を掛けようとしていた。

 あれが仁だったのか本人の口から確かめたかった。

 だけどキスのことを思い出すと、どうしても掛けられなかった。

 ユキはダイニングルームのカップボードの棚に置かれた電話機の前で、何度も受話器を取っては置いたり、数字を押してはまた切ったりと、そればかり繰り返していた。

 風呂から出てきたトイラが、スウェットスーツ姿で現れ、タオルで頭を拭きながらユキの行動を見ていた。

「ユキ、何してんだ?」

「えっ、別に何も」

「誰に電話しようとしてたんだ? 仁か?」

「ううん、違うの、電話壊れているんじゃないかなって思って調べてたの」

 目を逸らしているその態度は誰が見ても嘘だとわかった。

「ユキは嘘をつくのがへたくそだ。ほら、正直に言え。今日、仁と一体何があった」

 トイラに両肩をつかまれ、じっと覗き込まれるように見つめられると、胸の引き出しがスーッと開いたように我慢していたものが飛び出した。

 うっうっと締め付けられるような泣き声を立てて、トイラにしがみついた。

「おいおい、その調子じゃ、仁にキスでもされたか」

 ぴったりと理由をあてられて、ユキの泣き声が一段と激しくなった。

「やっぱりそっか。ユキ、泣くな。そんなこと俺気にしないから。それよりも俺が忘れさせてやるよ」

 抱きつくユキを体から離して、体をかがめ、ユキの口に優しくキスをしてやった。

 ユキはほんとにぴたっと泣き止んでいた。

「もっと、忘れさせてやる。さあ、こっちこい」

 トイラは手を引っ張って階段を上り、ユキを自分の部屋に連れて行く。

「えっ、トイラ、ちょっと、な、何するつもり」

 ユキの心臓がドキドキしだした。