仁はまた眠れない夜を過ごし、ジークと話した会話を何度も何度も思い出していた。

 朝、起きて顔を洗い、やつれた自分の姿が鏡に映ったとき、別人に見えてしまったほどだった。

 母親が朝食をテーブルに用意している。

 父親がすでに座って新聞を読んでいるその前の座席に仁は座った。

 オレンジジュースのカートンを持ち上げ、自分のグラスに注いで、一気飲みしていた。

「あら、仁。まるで自棄酒みたいな飲み方ね」

 母親が笑っていた。

 そして手を後ろにして何か隠している。

「仁に見せたいものがあるの。じゃーん。ほらこれ。どうかわいいでしょ」

 それはユキのために作ったピンクの水玉のドレスだった。

 仁はそれを見て、眉をひそめ、悲しげな目になった。

 ユキはもしかしたら後一週間の命になるかもしれない。これを来て町を歩くことなんてあるのだろうか。

「どうしたの、仁。暗い顔して。かわいいドレスでしょ。上手く作れたと思ったんだけど、ユキちゃん気に入らないかしら」

「ううん、とてもかわいいよ。これを着てユキが町を歩けば、みんな振り向くぐらいだよ」

「でしょ、でしょ、私も早くユキちゃんがこれを着てるところみたいわ。仁、デートくらい誘ったら」

 脳天気な何も知らない母親に、仁は人の気もしらないでと、返す言葉もなかった。

 そしてもう一杯オレンジジュースを胃に流し込む。

 そのピンクのワンピースは、男の仁が見ても本当にかわいい出来上がりだった。

 タンクトップ風の少し太めの肩紐。肩と胸は露出するが、片側は長めの肩紐でリボンを結ぶようになっている。

 結んだリボンの二本のひらひらがスカーフのような飾りの役割をしていた。

 裾へいくにつれて広がり、丈は短めだが、スウィングすると円錐のように広がる。

 ユキに早く持って行けと母親が薦めていた。

 父親も側で、新聞を読んでるフリをしては、笑いながら話を聞いていた。

 しつこい母親に押されて、結局その日曜日の午後、ドレスを持って仁はユキの家に向かうことにした。