「あと、もうひとつ届けものがあります」と、三鶴くんがおもむろに後ろから出してきたのは、私がいつも洗っていた蕎麦の器。
それをベッドに取り付けられているサイドテーブルに置き、密閉されていたラップを外すと、病室は甘じょっぱいお蕎麦のいい香りに包まれた。
「将之さんと清子さんからです」
それは、私の名前を文字って付けられた満月蕎麦。
まだお店はお正月で休みのはずなのに、わざわざ私のために作って三鶴くんに持たせてくれたのだろう。
「ちなみに看護師さんからは出前の許可取ってます。あ、でも無理に食べなくてもいいですよ。これを見て元気になってくれたらいいなって清子さんたちが……岸さん?」
三鶴くんの問いかけに溢れそうだった涙を拭く。
涙なんて今まで流すことなんてなかったのに、人の暖かさを覚えたおかげでずいぶんと涙腺が弱くなってしまった。
「食べるよ。箸もらっていい?」
三鶴くんから受け取った割りばしで蕎麦を啜ると、口の中に優しい味が広がって、一瞬で身体がぽかぽかになってきた。
「やっぱり美味しいね」
病院のご飯はあまり食べられないのに、するするとこの蕎麦だけは喉に入っていく。