「信号無視をする大人がいたら、子どもが真似しちゃうでしょ? 独裁者が出れば、後に続く奴が出てくるでしょ? 愉快犯とかいうのもそういうことでしょ? 全然全く知らない赤の他人が、赤の他人を知らないうちに影響するんだ。それが連鎖して、負のスパイラルを起こす可能性は、どうしてもある。でもお年寄りに席譲る人を見かけたら? 公共の場で率先してゴミ拾いをやってる人を見かけたら? 何も知らない赤の他人がやっていても、自分もそんな人でありたいと思う事もあるでしょ。なら関わりのある人だったらどう? 自分に一度でも何らかの形で関わりのあった人間に、何の影響も受けなかったって、言い切れる?」


一気にまくし立てる弘海先輩は、やっぱり私の見たことのないひとで。
私は半ば圧倒されて、ぐうの音も出なかった。



「人はみんな知らずに誰かに影響してるんだ。行為だけじゃなくて、身なりとか、性格とかも全部。だから、八城さん自身も誰かに影響を与えている人間なんだよ、現在進行形で」

「……私が死んだらみんなの迷惑になるって言いたいんですか?」

「昨日も言ったけど、違う。そういうことじゃない」

「でもそんな風に聞こえる」


食い下がると、弘海先輩は眉を下げた。
表情が少しだけ和らいで、私の動悸も多少収まる。


「誰かは迷惑って思うかも。それに同じことを繰り返す人が、また出てきて、それを迷惑と思う人もいるかもしれない。でも、僕が言いたいのはそこじゃない」


弘海先輩はきっぱり言い切ると、私をまっすぐに見つめてきた。


「僕が言いたいのは、杏那が消えたら、僕がすごく悲しいってこと、ひとつだよ」