思わずぎゅっと口を一の字に結ぶと、それに気づいた弘海先輩は軽く笑った。
貼り付けた、笑顔。それはすぐに消えた。

私はなんて答えるのが正解かわからずに、ドアから顔をのぞかせたまま固まる。



「少し話させて。花純先生が来るまでだから」


優しいのに、有無を言わさぬ口調に、私は従わざるを得ない。
こんな強い物言いをする人だっただろうかと、記憶を引っ張り出して来るけれど、やっぱりふにゃりと表情を崩す先輩しか思い出せなかった。

大人しくゼミ室の中に入ると、鉄製の扉はガチャンと音を立てて閉じた。
逃げ道が閉ざされて、ゼミ室の中には私と、パイプ椅子に手を置く弘海先輩だけ。


「僕に、理由を知る権利はある?」


いきなり本題に切り込まれる。
言葉を濁すことなく、弘海先輩は真っ直ぐに聞いて来た。
誤魔化しも小細工も聞かないというような、強い意志が垣間見れ、私は少し怯む。


「……ないです」


弘海先輩は、私の自殺未遂の関係者。
でも、その理由を知る権利はない。
知ったところで、弘海先輩に何ができるというのだろう。

状況は変わらない。
ハンカチを受けとった時点でその交渉は済んでいる。
このハンカチを返せば、もう完全に縁が切れる。

理由を教えたところで、私は損しか被らない。