花純先生は迷える子羊に手を差し伸べるような気持ちなのだろうが、私は素直にその手を取るには少し大人になってしまった。
以前なら「じゃあ、来ちゃおうかな」なんて無邪気に返しただろうが、私はもう昔のように担任をあだ名で呼んだり、タメ口をきいたり、馴れ馴れしく慕うタイプの人間じゃなくなった。

怖い、という感情が先立ってしまう。


優しくされると、怖い。
親切にされると、怖い。
親しくなると、怖い。


だって国語ゼミに来ていいなんて、逃げ場にしていいなんて、もしかしたら思っていないかもしれない。
ただの言葉の綾で、気にかけているということだけ伝えたいのかもしれない。


鎧を身につけていない私は、もう素直に好意を受け取ることができない。
まず相手を疑ってしまう。


「考えて、おきます」


だから私の答えはこうだ。
曖昧な返事にも関わらず、花純先生は恰も私が肯定を示したかのように笑顔で頷き「待ってるよ」と笑顔を向けて来た。