マンションの部屋の前、解錠して中に入るけれど、人の気配ひとつない。
今朝あったはずの革靴も忽然と姿を消していた。
リビングの電気も消しっぱなし。換気扇の音が微かに聞こえるくらい。

ただでさえ少なくなっていた親子の会話も、この1週間はほとんどないに等しい。

週末には溜めていたドラマを一気見したり、休日には一緒に台所に並んで昼ごはんを作ったりしたのに、もうそんなこともしなくなってしばらく経つ。

やっぱり胸が苦しくなる。
身体にちくちくと針が刺さっていくような感覚に襲われる。
身体が痛い。
心が痛い。

あの日の出来事が脳裏に浮かぶ。
放たれた言葉が、木霊する。


——『杏那を、——』


一人になるとどうしてもダメだ。
考えがあらぬ方向に行ってしまう。

そういうことはあるはずだって割り切っていた前までは、そんなことも感じずに済んだ。
多少アリに噛まれたような、微々たる痛みだけに抑えることができた。
だから、あんなことが起こっても、所詮そういうものだからと思っていた。


でも。

もう一度やり直せるなら、次は上手くやるのに。

絶対に道を誤らずに、上手くやれる、気がするのに。


こみ上げてくるものを消し去るように飲み込み、靴を脱いで中に上がった。