そう思ったら、下唇をぐっと噛んで、弘海先輩のハンカチを受け取っていた。
さっき無理やり拭われたせいで少し湿っている。
でもさすがにそれを使うのは憚られて、スカートのポケットから出した自分のハンカチで顔を拭いた。
前髪も乾かして、視界が随分クリアになる。

目の前に立つのは、私の知っている弘海先輩に間違いなかった。
ワイシャツの袖は肘あたりまでまくられて、ネクタイは締めていない。
ズボンも学校指定の高校男子の制服と同じような紺色で、こうしてみると、生徒に見えなくもない。

このハンカチは後日返せということなのか。それとも一度受け取ったのだがらそれで交渉は成立して、今返せばいいのか。
湿ったそれを握ったまま考えあぐねていると、


「返してくれなくていいから」


それだけ言い残して、弘海先輩は立ち去った。


「……え?」


私の口から漏れた疑問符もそのまま空気に溶けて、弘海先輩は私の横を通り過ぎて、いなくなってしまった。すぐに姿は見えなくなり、しばらく聞こえていた足音も消えた。
地面に落ちたままのノズルからホースを辿ると、それは絡ることなく向こうの蛇口から伸びていた。