「私、死んでない」

「うん。僕の夢の中ではね」


……誰の、夢?


「……弘海先輩の、夢?」

「おかしいと思うかもしれないけど、最後まで聞いて欲しい」


弘海先輩はマグカップを持ち替えた。
パンツのポケットの中に手を突っ込むが、いつも握っていた時計がないことに気づいて、私はローテーブルの下で手を組んだ。

弘海先輩の目つきが、真剣なものに変わる。


「まず、僕のいない間、授業受け持ってくれてありがとう。お聞きになったように、ひどい怪我だったんだ」

「線路に、落とされたって……」

「そう。運良く轢かれずには済んだけど、頭から落ちて。縫いもしたんだ、全部で十カ所? 腕も足も骨折。肩も凄い打ち付けて。リハビリに三ヶ月も要した。それほどの大怪我で、事故直後から三日ほど、意識が戻らなかったらしい。その間に夢を見たんだ。あの日の夢。高校三年生の杏那と、大学三年生の僕が再会する朝の日」


その瞳はとてもとても深い悲しみの色をしていた。

瞬きをするのも忘れるくらい、弘海先輩を見つめ返した。