持ち上げたマグカップを危うく落とすところだった。
さらりと言ってのけた弘海先輩は、いただきます、と一口。
暖房をつけた部屋はまだ十分に温まっていないのに、へんな汗が出てくる。

突然の爆弾発言に私の方が緊張して、マグカップを置く手が震えて、ガタンと音が立ってしまった。


「杏那のほうが緊張してるね」

「だって、弘海先輩が」

「でも、本当。僕、高校の時ずっと杏那が好きだったんだ」


目を見開く私なんて御構い無しに、弘海先輩はマグカップから立ち上る湯気を見ながら続けた。
はっきりと言われた過去形に、ずきりと胸が痛んだ。


「編入して来たばっかりで、周りは当然エリートの勢揃いで、新参者は馴染めなかった。今まで転校しても感じたことのないくらい、自分の存在がいかに小さいかを思い知って、上手く息ができなかった。教室には居辛かったよ。どこに行っても自分は受け入れてもらない気がして、広い校内を休み時間に散歩するのが唯一の息抜きだった。それである日、化学室の裏に花壇があるのに気づいた。多分あの感覚は、砂漠にオアシスを見つけたのと似ていると思うよ。そこだけ現実から切り取られたように、空気が違って、僕は初めて息ができた。あまりに綺麗に咲き誇る花に感動すら覚えて、気づいたら泣いてた。いじめられてるわけでもない、ただ僕が馴染めなかっただけなのに、大げさだって言われるかもしれないけど、それくらい僕は参ってたんだ。こんな場所に花壇があるの知らなくて、誰が手入れしてるのかなと思ったら、中学生の杏那だった。楽しそうに水あげる姿みて、いいなと思ってたんだ」


初めて知る、まだ私が知らない頃の弘海先輩のこと。

弘海先輩は気分が落ち込んだ時には、あの花壇に行って、咲いている花々を見て、充電していたのだと教えてくれた。私は朝にしか花壇に行かなかったし、弘海先輩は大体お昼にその場所を訪れていたから会わなかったことを知った。