あの日私の事故のことを、弘海先輩は知らなかった。
やっぱりコンビニで待っていてくれていたのかもしれない。

後悔がブワッと押し寄せて、気を緩めたら泣いてしまいそうなのを奥歯をぐっと噛むことで堪えた。


「お前も知ってるだろう。ほら、教育実習の最終日に八城がホームで愉快犯に押されて危うくホームに転落しそうだったっていう話……ん? いや。あれ? そういえばあの時お前どこにいた?」


記憶が曖昧なのか首を捻る倉坂先生に問いかけに、弘海先輩は口籠った。
あの日、弘海先輩は送別会を開いてもらっていたはず。
なら学校にいたはずなのに、そこで返答に困るのはどうして?


「あの時、生徒と実習生には伏せていたと思いますよ」

「ああ、そうでしたか?」

「なのに週が明けるころには結構な人間が知っていたのは、今はSNSの時代ですから、目撃者が投稿でもしたんでしょう」


栗林先生に助け舟を出された弘海先輩は、一瞬だけホッとしたように見えたが、また表情を曇らせた。
そして、沈黙が訪れる。

倉坂先生の一言とはいえど、私の引き起こしたことが今この状況をもたらしているのは、居心地が悪い。
間接的に誤解は解けたかもしれないが、やっぱり来なければよかった。
気の利いた冗談1つ言えずに、各々箸を置いて馳せている先生方に申し訳なさが募る。
せっかくの忘年会なのに、空気はお通夜のそれで。
外からは一層賑わう声が聞こえてきて、穴があったら入りたい気分だった。


「まあ何しろ、一度は失いかけた生徒がこんな風に立派になって、僕らは誇りに思いますよ」


ここまで一言も発さずにいた酒田先生に注目が集まる。
素知らぬ顔の酒田先生はメニューを広げて、グラスの中のものを飲み干した。


「さあさあ、今日はせっかくの宴会だからしんみりしてもしょうがないでしょう。そろそろグラスが皆さんからですね。二杯目を頼みましょうか?」