着任当時、弘海先輩が交通事故にあったと言う話は聞いていたが、詳しい事故の内容は伏せられていた。かえって詮索するのもよくないかと、私の方から聞くこともしなかった。

ところが、今話を聞いている限り、まるで弘海先輩は黄泉の国から生還してきたような物言いだった。
生徒たちも、特別弘海先輩の事故の話を語るものはいなかった。そこのところは事情をわかってか、賢い子どもたちなので、部外者に言う筋合いはないと考えてもいそうだ。
実際、私は本当に部外者だし。
個室内はしんと静まり返り、外の賑わいが聞こえる。
山口先生がテーブルにグラスを置く音が、やけに響いた。


「実は葛西は……六月に電車の衝突事故に遭ったんですよ」


空気のような声が出た。
電車の、衝突事故……?
脳内は真っ白になって、その言葉だけが認識される。

驚きで瞠目する私をみて、正面に座る弘海先輩がふっと笑ったのが分かった。
「お前笑い事じゃないぞ」と佐藤先生に怒られて、弘海先輩は「すみません」と申し訳なさのかけらもなく謝った。
山口先生はそのまま続けた。


「残業帰り、ホームで電車を待ってるときに、酔っ払いに背中を押されて線路に落ちたんだそうです。幸い、木っ端微塵になることはありませんでしたが、投げ出された時の衝撃と、比較的軽くはあったそうですが電車との接触で数日は意識不明。一時は危ぶまれましたが、奇跡的に彼は目を覚ましたわけです」


山口先生はそこでビールを一口。
当然といえば当然だが、私は全く知らず、山口先生がどこか異国の言葉をしゃべっているようにも聞こえた。