「おお、葛西。久しぶりだな。突っ立ってないで座りなさい」
蔦田先生の声に「あ、はい」と間抜けに返事をした弘海先輩は、予め用意されていた私の前の席に腰を下ろした。 グラスの水を飲むふりをして、ちらりと目の前の弘海先輩を盗み見るけれど、まるで弘海先輩の前には誰もいないように、左右の先生たちばかりと言葉を交わしていた。
意図的に避けられているのが分かった。
葛西先生の登場に気を取られて、周りも私の存在を忘れてくれていることが救いだった。
声をかけられないように私は出来るだけ身を小さくしていた。
やっぱりいくら五年前の出来事だって、私のした仕打ちを覚えているのだ。
仕方がない、と片付けてしまえるようなものでも、私たちの間では大事だった。
出来るだけ正面を見ないよう、グラスの底を見つめる。
全員揃ったところで、栗林先生が乾杯の音頭をとった。
私のりんごジュースのグラスは、向かいの弘海先輩の烏龍茶のグラスと触れ合ったが、ただの一言もかけられることはなかった。
すぐ近くにいるのに、話しかけることも、目を合わすこともできない。
弘海先輩は絶えず誰かに声をかけられて、身体はずっと左右を向いていた。
私たちを隔てる壁がはっきり見える。
来なければよかった。
断ればよかった。
応募なんてしなければよかった。
考え始めると止まらない。
じわじわと焦点がずれ、暗闇が顔を出す。
話し声が頭の中でぼんやりと木霊して、視界がどんどん暗くなる。
蔦田先生の声に「あ、はい」と間抜けに返事をした弘海先輩は、予め用意されていた私の前の席に腰を下ろした。 グラスの水を飲むふりをして、ちらりと目の前の弘海先輩を盗み見るけれど、まるで弘海先輩の前には誰もいないように、左右の先生たちばかりと言葉を交わしていた。
意図的に避けられているのが分かった。
葛西先生の登場に気を取られて、周りも私の存在を忘れてくれていることが救いだった。
声をかけられないように私は出来るだけ身を小さくしていた。
やっぱりいくら五年前の出来事だって、私のした仕打ちを覚えているのだ。
仕方がない、と片付けてしまえるようなものでも、私たちの間では大事だった。
出来るだけ正面を見ないよう、グラスの底を見つめる。
全員揃ったところで、栗林先生が乾杯の音頭をとった。
私のりんごジュースのグラスは、向かいの弘海先輩の烏龍茶のグラスと触れ合ったが、ただの一言もかけられることはなかった。
すぐ近くにいるのに、話しかけることも、目を合わすこともできない。
弘海先輩は絶えず誰かに声をかけられて、身体はずっと左右を向いていた。
私たちを隔てる壁がはっきり見える。
来なければよかった。
断ればよかった。
応募なんてしなければよかった。
考え始めると止まらない。
じわじわと焦点がずれ、暗闇が顔を出す。
話し声が頭の中でぼんやりと木霊して、視界がどんどん暗くなる。