「私の最寄り駅の近くの公園で、どうですか?」

「八城さん」

「私、待ってます」


弘海先輩の言葉を遮る。
着色料がついて、砂糖まみれになるのも構わずぎゅっと拳を握りしめた。


「先生が信じて欲しいと思った私を、今度は信じてよ」


人生において刹那的な存在でも構わない。
私が確かにあなたを想っていた瞬間は、存在するから。


予鈴が鳴る。
私はゴミだけが入ったランチバッグを持ち、パイプ椅子を畳んだ。
手のひらで溶けてしまった黄色のまだらのガムを放り込んで、備え付けの洗面台で手を洗う。
弘海先輩は私を呆然と見上げていたが、ドアノブを掴んで回そうとすると、弘海先輩は立ち上がって私の手を止めた。


「公園は危ないから。駅近くのコンビニにして」


いつかのように、背中に体温が触れる。
弘海先輩の影が落ちて、握られた手が、熱を帯びる。
とくとく、と鼓動が早まる。


「バレたらどうするんですか」

「シンデレラの鐘は七時だよ」


振り返って見上げると、花がほころぶように、弘海先輩は笑っていた。
目尻にシワができて、形良く唇が弧を描く。


——「弘海先輩は少し違う」。
あの時思ったことを、今すぐ言い出してしまいいそうなのをぐっとこらえ、口元だけがなんとか笑ってみせた。

重ねられていた手が離れていく。

今はまだ、存在する線も、今日には飛び越えていけるだろうか。
ドアノブを回し、扉を開けた。


「それじゃあ、失礼しました」

「2週間ありがとう。お昼の時間楽しかった」


手を振る先輩に、私は軽く会釈してゼミ室の扉を閉めた。




けれどそれが、最後の挨拶になるとは、少しも予想していなかったんだ。