「……なに言ってるんですか! 一口でも食べてもらえれば嬉しいって言ったじゃないですか。菓子先輩は病み上がりなんですから、これでじゅうぶんですよ」

 私、後輩失格だ。菓子先輩に気を遣わせて、謝らせるなんて。
 焦っちゃだめだ。菓子先輩が自分から思い出のキーマカレーを食べられるようになった。それだけですごい進歩じゃないか。

 お父さんとおばあちゃんは「おいしい、おいしい」と言いながらぱくぱく食べている。

「あの、お口に合ったでしょうか」

「うん、すごくおいしいよ。妻の作ったものとは違ってスパイシーだけど、これはこれですごく好みだな」

「そうだねえ。わざわざ大人向けにしてくれたんだねえ。ありがとうね」

「えっ……」

 予想外の言葉に、思わず菓子先輩と顔を見合わせてしまう。
 目線で「そうなの?」と訊かれたので、私は「違います」と首を振った。

「あの、菓子先輩のお母さんの味とは違うんですか? これ、実はお母さんのレシピをそのまま作っただけなんです」

「そうなのかい? 何年も前の記憶だからあてにならないかもしれないけど、妻のキーマカレーはもっと甘かったと思う。辛いというより、まろやかな感じで。当時は子ども向けにそうしていたと思っていたんだけど、やっぱり作る人によって味が変わるのかな? カレーは」

「そうかもしれないねえ。おばあちゃんはこむぎさんのカレーも好きよ」

 お父さんとおばあちゃんは納得したようで、そのままぺろりと完食してくれた。それはとても嬉しいのだが、私はどうも釈然としない。

 菓子先輩に確認すると、カレー粉やトマト缶など、調味料は昔から変えていないという。
 例えばふつうのカレーライスを同じルーで作ったとして、作る人によって味がそこまで変わるものなのだろうか。今まで、誰が作っても同じ味になるのがカレーの強みだと思っていたけれど。

 もしそうなのだとしたら、私は菓子先輩のお母さんの味を再現することはできない――?

 進めたコマが振り出しに戻ったような気持ちがして、私は心の中で頭を抱えたのだった。