夕食後は皆で花火をしようと、花咲家の裏庭に集まった。

 夏の風物詩。

 小学生の頃は、楽しくて仕方のないイベントだったような気がする。

 今は、ただ葉羽の家族に付き合い、俺は参加を強いられて、花火の楽しさなどとうの昔に忘れたと言いたげに、そこに我慢して立っていた。


 暗いと言う事に騙されて、俺の本心をも隠し、その暑さもまた闇とともに身をひそめて、太陽が沈んだ後も、温度は急激に下がらずもわっとあたりに篭っていた。


 ねっとりとした湿気を含む夜は、意地悪く肌を撫ぜるように触れて不快感が漂う。

 じわじわと意味もなく追い詰められるような、脅迫にも似た蒸し暑い夜だった。

 突然、蚊を始末する、ぱちんと手を叩く音で、俺はハッとする。


 「あら、いやだ、蚊だわ」


 葉羽の母親が、呑気な声を出して周りをうちわであおいでいた。

 俺は葉羽が蚊に刺されないか心配になり、暗いと言う事を隠れ蓑に、彼女をじっと見ていた。

 部屋の明かりが漏れた裏庭は、ぼやっと葉羽を浮き上がらせていた。


 小学生の頃とは違う、少女の凛としたしっかりしたものが見えたような気がした。


 葉羽が俺の視線に気が付いたために、俺は慌てて目を逸らした。

 それがわざとらしくても、幾分暗い夜空の下では、かろうじて逃げるだけの余裕があった。

 こんなに近くにいるのに、まだ葉羽とまともな会話をしていない。

 お互いどこかで意識をしている。

 ぎこちないリズムの息遣いだけが、敏感に俺たちの間で感じられた。


 そんな張りつめた俺たちの間を、兜は有り余るエネルギーを押さえられず、感情高まって走り回っていた。

 お蔭で、俺たちの緊張も緩和されて、それは周りの余計なものを蹴散らすには役に立っていた。

 ただ、火を使う遊びだけに、花火の準備をしていた父親だけが、落ち着きなさいと注意している。

 俺はそれを手助けするつもりで、走り回っている兜を捕まえ、からかってやった。

 兜は俺の腕の中で、楽しそうに暴れ回り、それを葉羽が優しく見ていた。


 空気の流れが少し変わったような気がした。

 今は、それだけで十分だった。