得体の知れない何かに押し流されるように、私達は本当のゴールではない仮のゴールを見つめて、ひたすらに勉強していた。
あの文化祭の事件もまるで無かったかのように、実力テストが実施されるようになってから塾に通う生徒が急増した。
私自身、自分の偏差値よりも上の高校を目指していたため、映画を観る時間を減らして机に向かっていた。
ハルは元々地頭が良く、いつも少し勉強するだけでできてしまうタイプの人間だったが、私と映画を観られないせいか、彼も仕方なく図書館などで勉強をしていた。
「受験合格」という、皆と同じひとつの方角を向いていると、ふと私達は一体何になろうとしてテキストと向き合っているんだろうという気持ちになってくる。
自分が何者になりたいのか、皆は言葉にできるのかな。
余計なことばかりが頭の中を駆け巡る中、たったひとつだけ良いことが起きた。

それは、詩織からメールの返信があったことだ。

『私も冬香と同じ塾に通うことになった。高校受かって、知らないところで、一からやり直してみる』。

文化祭が終わってから、毎週一方的に送っていたメールに対しての返信は、その一文だった。どうやら、うちの学校の生徒が私以外にいない個人経営の塾を選んだようだ。

詩織が前を向こうとしていることが、信じられないくらい自分を安堵させ、また、背中を押してくれた。
塾で気さくに話すほどには関係値は戻っていないが、一緒に頑張っている、という意識が私達を繋いでいる気がした。

……詩織が前を向いて、罪が軽くなったように感じたのは確かだ。でも、それ以上に、詩織の人生がまた動き出すことを心から願っている。
詩織、一緒に、頑張ろう。
最初からゴールは見えなくても、歩き続けることで見えてくるゴールもあると、私はそう思っている。
私たちの関係も、いつか歩き続けたら、戻れる日が来るだろうか。そんなことを願いながら、今はひたすらペンを握るよ。


「ねぇ、そこ、あたしの席なんだけど」
放課後、図書館で勉強していると、頭上から不機嫌な声が降ってきた。
顔を上げなくても分かった。そこには、キャラクターもののぬいぐるみが沢山ついたスクールバッグを持った、福崎さんが立っていた。
「あたし、この席じゃないと集中できないの。どいて」
福崎さんがこんな風に私に絡んでくることは、実は文化祭以降多々あった。
福崎さんの鞄には、付箋が沢山貼られた分厚いテキストが入っており、彼女も真剣に受験勉強をしていることが十分に分かる。福崎さんの母親は教育熱心で、中学受験に落ちた時、相当彼女を詰めたらしい、という話を噂で聞いた。
それは本当なのかは分からないが、彼女の表情はストレスのせいか、不安のせいか、ロボットのように固い。
「……分かった」
辺りには、真剣に勉強している生徒が数人いる。邪魔にならないように、私は静かに勉強道具を片付けた。