「それについてなのだが……時に菜乃華、君は『付喪神』というものを知っているか?」
「付喪神? 確か、古い家具とかに神様や霊なんかが宿ったものだっけ」
唐突な瑞葉の問い掛けに、菜乃華が腕を組みながら答える。気絶して介抱されてとアクシデントを乗り越えた賜物か、大分口調も親しみが籠ったものになってきた。
「そうだ、その解釈で大体合っている。付喪神は、人間の物に対する信仰心から生まれる神だ。まあ、神といっても時に妖怪と間違われるような最底辺の神格ではあるがな」
「ふーん、そうなんだ。で、それがどうしたの?」
「簡単なことさ。オイラたちは、その付喪神ってこった」
「……へ?」
瑞葉の言葉を引き継いだのは、蔡倫だ。
突然の告白に驚く菜乃華の前で、蔡倫は袈裟の懐から一冊の経本を取り出して、卓袱台の上に置いた。長い紙を蛇腹状に折り畳んだ、折本型の経本だ。表紙には紫色の光沢がある絹を張った、古めかしいながらも綺麗な本である。
「この般若心経の経本が、オイラの本体だ。江戸時代、徳の高い坊さんが肌身離さず持っていたっていう有り難い経本さ。オイラは、こいつの付喪神だ」
だから、こういうこともできるぜ、という言葉を残し、蔡倫の姿が光の粒になって消えた。残ったのは、卓袱台の上の経本だけだ。
『どうだ、すげえだろう!』
姿を消した蔡倫の声が、経本から聞こえてきた。念のため手に取って確認してみるが、スピーカーのようなものはついてない。
放心した菜乃華が経本を卓袱台に戻すと、経本から光が溢れ出し、蔡倫の姿になった。
「ざっとこんな感じだ。どうだ、驚いたか?」
得意げに腕を組む蔡倫に、菜乃華はどうにかこうにかといった様子で頷く。そのまま視線を瑞葉の方へと動かし、ゆっくりと首を傾げた。
「もしかして、瑞葉も蔡倫さんみたいに物に入ったりできるの?」
「ああ、その通りだ。私の本体は、この本だ」
瑞葉も懐から、古い和紙でできた本を取り出した。菜乃華は知らないが、『袋綴じ』と呼ばれるタイプの本である。二つ折りにした紙を重ね、折り目の反対側を糸で綴じた、日本に古くからある形の本だ。
瑞葉は自分の本体である和本を大事にしまい、ふと何かを思いついた様子で菜乃華の方を見た。どこか子供っぽい目をしたその表情に、菜乃華の心臓が大きく鼓動する。
「せっかくだから、私も何かお見せするとしよう。菜乃華、ちょっと手を出してくれ」
袖の中から何かを取り出しながら、瑞葉が言う。
言われるがままに右手を差し出すと、瑞葉は取り出した何かをその手に載せた。よく見れば、それは折り紙でできた鶴だった。
「いいか、よく見ていろ」
折り鶴を渡した瑞葉が、何やら印のようなものを結ぶ。
すると、折り鶴がほのかに輝き、ひとりでに羽ばたき始めた。これが手品などではないことは、菜乃華にも一目でわかる。糸などで操っているにしては、動きがあまりにも自然過ぎるのだ。気が付けば、折り鶴は本物の鶴のように居間の中を飛び回っていた。
「先程、私たちは神格を持っていると言ったが、長い時を生きた付喪神は各々が独自の神力を持つ。これは私が持つ神力の一つで、折り鶴に仮初めの命を与えているのだ。わかりやすく言えば、式神といったところか」
瑞葉が再び印を結ぶ。同時に、折り鶴は輝きを失って卓袱台の上に着地した。
「どうかな、菜乃華。ここまでは理解してもらえただろうか」
「う、うん……」
瑞葉と蔡倫の顔を交互に見る。
自分たちは神様だ。そんなことをいきなり言われても、普通なら信じられないだろう。
けれど、菜乃華は瑞葉たちの告白に、思わず納得してしまった。いやむしろ、神様だと言われてしっくりきた、という方が正しいか。
しゃべるサルである蔡倫は言わずもがなだが、瑞葉だって明らかに人間離れした雰囲気を放っている。その美術品のような容姿も、神様ということなら合点がいく。
第一、ここまで色々と見せてもらった今となっては、心に任せて信じてしまった方が気楽というものだ。この世の中は、自分の想像を超えた不思議で満ちていた。そういうことなのだろう。
「私たちの正体までが、本題に対する前置きとなる。そしてここからが本題、神田堂の仕事についての話だ。今まで私たちが話したことを頭に置きながら聞いてほしい」
これまでの出来事に対する折り合いをつけていると、瑞葉が話の続きを始めた。
いよいよ話が核心に入るとあって、菜乃華の態度が一層真剣なものに変わった。無言で背筋を伸ばし、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてる。
菜乃華の態度を好ましく思ったのか、瑞葉はどこか穏やかな目をしている。しかし、口調はあくまで泰然としたまま、彼は本題に入った。
「付喪神? 確か、古い家具とかに神様や霊なんかが宿ったものだっけ」
唐突な瑞葉の問い掛けに、菜乃華が腕を組みながら答える。気絶して介抱されてとアクシデントを乗り越えた賜物か、大分口調も親しみが籠ったものになってきた。
「そうだ、その解釈で大体合っている。付喪神は、人間の物に対する信仰心から生まれる神だ。まあ、神といっても時に妖怪と間違われるような最底辺の神格ではあるがな」
「ふーん、そうなんだ。で、それがどうしたの?」
「簡単なことさ。オイラたちは、その付喪神ってこった」
「……へ?」
瑞葉の言葉を引き継いだのは、蔡倫だ。
突然の告白に驚く菜乃華の前で、蔡倫は袈裟の懐から一冊の経本を取り出して、卓袱台の上に置いた。長い紙を蛇腹状に折り畳んだ、折本型の経本だ。表紙には紫色の光沢がある絹を張った、古めかしいながらも綺麗な本である。
「この般若心経の経本が、オイラの本体だ。江戸時代、徳の高い坊さんが肌身離さず持っていたっていう有り難い経本さ。オイラは、こいつの付喪神だ」
だから、こういうこともできるぜ、という言葉を残し、蔡倫の姿が光の粒になって消えた。残ったのは、卓袱台の上の経本だけだ。
『どうだ、すげえだろう!』
姿を消した蔡倫の声が、経本から聞こえてきた。念のため手に取って確認してみるが、スピーカーのようなものはついてない。
放心した菜乃華が経本を卓袱台に戻すと、経本から光が溢れ出し、蔡倫の姿になった。
「ざっとこんな感じだ。どうだ、驚いたか?」
得意げに腕を組む蔡倫に、菜乃華はどうにかこうにかといった様子で頷く。そのまま視線を瑞葉の方へと動かし、ゆっくりと首を傾げた。
「もしかして、瑞葉も蔡倫さんみたいに物に入ったりできるの?」
「ああ、その通りだ。私の本体は、この本だ」
瑞葉も懐から、古い和紙でできた本を取り出した。菜乃華は知らないが、『袋綴じ』と呼ばれるタイプの本である。二つ折りにした紙を重ね、折り目の反対側を糸で綴じた、日本に古くからある形の本だ。
瑞葉は自分の本体である和本を大事にしまい、ふと何かを思いついた様子で菜乃華の方を見た。どこか子供っぽい目をしたその表情に、菜乃華の心臓が大きく鼓動する。
「せっかくだから、私も何かお見せするとしよう。菜乃華、ちょっと手を出してくれ」
袖の中から何かを取り出しながら、瑞葉が言う。
言われるがままに右手を差し出すと、瑞葉は取り出した何かをその手に載せた。よく見れば、それは折り紙でできた鶴だった。
「いいか、よく見ていろ」
折り鶴を渡した瑞葉が、何やら印のようなものを結ぶ。
すると、折り鶴がほのかに輝き、ひとりでに羽ばたき始めた。これが手品などではないことは、菜乃華にも一目でわかる。糸などで操っているにしては、動きがあまりにも自然過ぎるのだ。気が付けば、折り鶴は本物の鶴のように居間の中を飛び回っていた。
「先程、私たちは神格を持っていると言ったが、長い時を生きた付喪神は各々が独自の神力を持つ。これは私が持つ神力の一つで、折り鶴に仮初めの命を与えているのだ。わかりやすく言えば、式神といったところか」
瑞葉が再び印を結ぶ。同時に、折り鶴は輝きを失って卓袱台の上に着地した。
「どうかな、菜乃華。ここまでは理解してもらえただろうか」
「う、うん……」
瑞葉と蔡倫の顔を交互に見る。
自分たちは神様だ。そんなことをいきなり言われても、普通なら信じられないだろう。
けれど、菜乃華は瑞葉たちの告白に、思わず納得してしまった。いやむしろ、神様だと言われてしっくりきた、という方が正しいか。
しゃべるサルである蔡倫は言わずもがなだが、瑞葉だって明らかに人間離れした雰囲気を放っている。その美術品のような容姿も、神様ということなら合点がいく。
第一、ここまで色々と見せてもらった今となっては、心に任せて信じてしまった方が気楽というものだ。この世の中は、自分の想像を超えた不思議で満ちていた。そういうことなのだろう。
「私たちの正体までが、本題に対する前置きとなる。そしてここからが本題、神田堂の仕事についての話だ。今まで私たちが話したことを頭に置きながら聞いてほしい」
これまでの出来事に対する折り合いをつけていると、瑞葉が話の続きを始めた。
いよいよ話が核心に入るとあって、菜乃華の態度が一層真剣なものに変わった。無言で背筋を伸ばし、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてる。
菜乃華の態度を好ましく思ったのか、瑞葉はどこか穏やかな目をしている。しかし、口調はあくまで泰然としたまま、彼は本題に入った。