……ん?

 おう、こりゃ珍しい。お前さん、ここら辺じゃ見ない付喪神だな。

 ……って、おいおい。なんだよ。そんなビビりなさんな。いきなり話し掛けといてなんだが、これでもオイラ、割とナイーブな性格なんだぜ。そんなに怖がられると、傷つくじゃないか。

 まあ、オイラの性格は横に置いとくとして……安心しろい! このサル顔を見ればわかるだろう? オイラもお前さんと同じ付喪神さ。名前は、蔡倫ってんだ。ここら辺の付喪神の顔役ってやつよ。

 …………。よーしよし、少しは落ちついたみたいだな。けっこう、けっこう!

 おや? 落ちついたと思ったら、今度は疑問顔と見える。一体どうした。

 ……ほうほう。なんでお前さんが、付喪神だってわかったのかってか。自分の見た目は人の姿だし、これまで付喪神ってばれたことはない?

 そいつは、簡単だ。オイラの神力のおかげさ!
 オイラは、付喪神の気配を感じ取る力を持っている。だから、お前さんが付喪神だって、すぐにわかったのよ。

 ……あん? オイラの神力がうらやましいってか? 自分も神力がほしい?

 大丈夫。お前さんだって、オイラと同じ付喪神なんだ。そのうち何がしかの神力は使えるようになるさ。どんな力に目覚めるかは、お前さんの運と努力次第だけどな。

 ところで、見たところお前さん、付喪神になりたての新米だろ。

 ……は? なぜわかるのかって?

 いちいち疑問の多いヤツだな、お前さんは。むしろ、気づかないわけがないだろう。お前さんの態度や仕草を見れば、まるわかりだってんだ。
 なんたってお前さん、さっきからずっと「新米です!」ってオーラを漂わせっぱなしだからな。まったく、初々しいったらありゃしねえよ。

 で、お前さんは、一体何の付喪神なんだい?

 ……ほほう、なるほどね~。お前さん、国語辞典の付喪神なのか。道理でさっきから質問多いし、頭が固そう……いやいや、真面目そうなわけだ。しかもこの辞典、随分と使い込まれた一品と見える。元の持ち主から、さぞかし大事にされていたんだろうな。お前さんのような付喪神が生まれるのも、納得ってもんだぜ。

 あ、ちなみにオイラは、般若心経の経本の付喪神な。やたらと徳の高い坊さんが、生涯肌身離さず持っていたっつう由緒正しい経本だ。すげえだろう。それに見てくれよ、この表紙! すごく艶やかできれいだろう? なんと、上等な絹が貼られてんだぜ。なんかもう、見ているだけで霊験あらたかって感じがしないか?

 ……おっと、すまねえ。つい、自慢に力が入っちまった。オイラの本体のことは、どうでもいいんだ。

 そんなことより、ここでお前さんと会ったのも、何かの縁だ。お前さんが本の付喪神っていうなら、オイラが一つ、いい話を聞かせてやろう。
 オイラからお前さんへの、付喪神転生祝いってやつだ。


          * * *


 ここ、『ここのえ商店街』には、世にも不思議な店がある。なんと、オイラたち付喪神のための町医者だ。つっても、この店で直してもらえるのは、オイラやお前さんみたいな本の付喪神だけだがな。

 お前さんは付喪神になったばかりだから、念のため教えておくぞ。オイラたち付喪神は、本体である品物が壊れると怪我をする。お前さんなら、その国語辞典だな。その国語辞典のページが破れでもしたら、お前さん自身も傷付くんだ。

 だから、自分の本体は大事にしなくちゃいけないぞ。それこそ寝る時だって、しっかり手元に置いておけ。長生きしたかったら特にな。

 ただ、どんなに大事にしていても、物はいつか壊れちまうもんだ。特に本ってやつは、他のものよりもずっと壊れやすい。なんたって、主に紙でできているからな。ページは破けるし、濡れればふやけるし、油断すると虫に食われるし……。とにかく、本には外敵が多い。

 だからお前さんも、本体に何かあった時はこの店を頼るといい。商店街からのびた細い路地を行き、角を右へ左へと曲がった先にある、『神田堂』って店だ。

 店の連中は気のいいやつらだから、きっとお前さんを助けてくれるはずさ。店主は若い人間の嬢ちゃんだが、修復の腕前はオイラが保証する。安心して任せていい。あと、オイラの名前を出せば、お代もちょっとばかりまけてくれるかもしれないぞ……って、どうした? そんな力一杯に目を輝かせて。

 ……は? オイラの話を聞いていたら、猛烈に神田堂のことが気になって仕方なくなった? 本は壊れてないけど、今すぐ行ってみたい?

 かーっ! 色々と忙しないヤツだな、お前さんは。オイラの知り合いに柊ってのがいるんだが、そいつがもう一人現れたみたいだぜ。まったく、国語辞典の付喪神ってのは、好奇心が強過ぎていかんな。これも性分ってことなのかねぇ。

 けど、まあいいだろう。そんじゃあ今から、オイラといっしょに行ってみるとするか!

 あの店の店主は、付喪神のことが大好きだからな。きっとお前さんのことも、温かく迎えてくれるはずだぜ。まあ、最近は先代に似てきたのか話好きになってきたから、ちょっくら質問攻めにあうかもしれんけどな。それもまた一興ってもんさ。

 さて、そんじゃあそろそろ出発するか。しっかりオイラについて来いよ。神田堂の連中が、お前さんのことを待っているぜ!

〈了〉