「う……ん……」
足元からの震える寒さに身動ぎしながら、ゆっくりと目を開ける。どうやら、作業台に突っ伏して寝てしまっていたらしい。
頭をぼんやりさせたままゆっくりと体を起こすと、いつの間にか肩に掛けられていた厚手の羽織が床に落ちた。
外からは柔らかな朝日がガラス戸越しに差し込んでいる。寝落ちしていた間に、夜が完全に明けたらしい。
「――ッ! そうだ。瑞葉は……」
ようやく、頭に血が廻ったのだろう。寝る前に自分が何をしていたのか思い出し、菜乃華は慌てて作業台の上へ目を向ける。
しかし、瑞葉の本はいつの間にか作業台から消えていた。修復に使っていた道具だけが、昨夜の痕跡のようにその場に残されている。
「うそ! どうして」
瑞葉の本がなくなってしまった。
なぜ。一体どこに。わけがわからず、混乱のままに菜乃華は顔を青ざめさせる。その表情は、焦りと悲しみに染まっていた。
その時だ。
「おはよう、菜乃華」
背後から、聞き慣れた涼やかな声が響いた。菜乃華の全身に電流が走り、弾かれたように後ろへ振り返る。
そして、目をいっぱいに見開いたまま立ち尽くしてしまった。
「み……ずは……」
菜乃華の前に立っていたのは、いつもと変わらない穏やかな面立ちの瑞葉だった。
呆然としたまま呟く菜乃華に、瑞葉が「ああ」と頷く。まるで、自分はもう元気だと示しているようだ。
それでもまだ信じられず、菜乃華は瑞葉に向かって一歩踏み出しながら口を開く。
「本当に瑞葉? 本物? 夢じゃない?」
「心配するな。本物だ」
震える声で尋ねる菜乃華に、瑞葉は柔らかく苦笑しながら答える。この仕草、この声音、間違いなく本物の瑞葉だ。
また一歩歩み寄り、瑞葉の頬に手を触れる。温かい。確かにここにある命の温かさだ。
すると、瑞葉が菜乃華の手に自らの手を重ねた。
「この手の温もりを、本の中でずっと感じていた。それに本の中で眠りながら、ずっと君の声を聞いていた気がする」
「うん……。うん……!」
涙をにじませながら、瑞葉に向かって何度も頷く。
そう。ずっと呼びかけていた。必ず助けるから、とずっと心の中で叫び続けていた。
気が付けば、菜乃華は瑞葉の胸の中に飛び込んでいた。瑞葉の胸に額を押し当て、心のままにその存在を確かめる。
そんな菜乃華を、瑞葉も優しく抱き留めた。
「菜乃華、私の本体を直してくれて、ありがとう。おかげで、こうしてまた君に会えた」
礼を言われた菜乃華はついに声も満足に出なくなり、瑞葉の胸の中で首を横に振った。
うれし過ぎて言葉が出ないとは、このことだ。寝る前に考えていた瑞葉に言いたいことなんて、あっという間に吹っ飛んでしまった。今はただ瑞葉が無事だった喜びを、全身で噛み締める。
だけど、それでも一言だけ……。
「瑞葉――おかえりなさい」
「ああ。ただいま、菜乃華」
菜乃華は胸にいっぱいの思いを詰め込んで、瑞葉に笑い掛けるのだった。
足元からの震える寒さに身動ぎしながら、ゆっくりと目を開ける。どうやら、作業台に突っ伏して寝てしまっていたらしい。
頭をぼんやりさせたままゆっくりと体を起こすと、いつの間にか肩に掛けられていた厚手の羽織が床に落ちた。
外からは柔らかな朝日がガラス戸越しに差し込んでいる。寝落ちしていた間に、夜が完全に明けたらしい。
「――ッ! そうだ。瑞葉は……」
ようやく、頭に血が廻ったのだろう。寝る前に自分が何をしていたのか思い出し、菜乃華は慌てて作業台の上へ目を向ける。
しかし、瑞葉の本はいつの間にか作業台から消えていた。修復に使っていた道具だけが、昨夜の痕跡のようにその場に残されている。
「うそ! どうして」
瑞葉の本がなくなってしまった。
なぜ。一体どこに。わけがわからず、混乱のままに菜乃華は顔を青ざめさせる。その表情は、焦りと悲しみに染まっていた。
その時だ。
「おはよう、菜乃華」
背後から、聞き慣れた涼やかな声が響いた。菜乃華の全身に電流が走り、弾かれたように後ろへ振り返る。
そして、目をいっぱいに見開いたまま立ち尽くしてしまった。
「み……ずは……」
菜乃華の前に立っていたのは、いつもと変わらない穏やかな面立ちの瑞葉だった。
呆然としたまま呟く菜乃華に、瑞葉が「ああ」と頷く。まるで、自分はもう元気だと示しているようだ。
それでもまだ信じられず、菜乃華は瑞葉に向かって一歩踏み出しながら口を開く。
「本当に瑞葉? 本物? 夢じゃない?」
「心配するな。本物だ」
震える声で尋ねる菜乃華に、瑞葉は柔らかく苦笑しながら答える。この仕草、この声音、間違いなく本物の瑞葉だ。
また一歩歩み寄り、瑞葉の頬に手を触れる。温かい。確かにここにある命の温かさだ。
すると、瑞葉が菜乃華の手に自らの手を重ねた。
「この手の温もりを、本の中でずっと感じていた。それに本の中で眠りながら、ずっと君の声を聞いていた気がする」
「うん……。うん……!」
涙をにじませながら、瑞葉に向かって何度も頷く。
そう。ずっと呼びかけていた。必ず助けるから、とずっと心の中で叫び続けていた。
気が付けば、菜乃華は瑞葉の胸の中に飛び込んでいた。瑞葉の胸に額を押し当て、心のままにその存在を確かめる。
そんな菜乃華を、瑞葉も優しく抱き留めた。
「菜乃華、私の本体を直してくれて、ありがとう。おかげで、こうしてまた君に会えた」
礼を言われた菜乃華はついに声も満足に出なくなり、瑞葉の胸の中で首を横に振った。
うれし過ぎて言葉が出ないとは、このことだ。寝る前に考えていた瑞葉に言いたいことなんて、あっという間に吹っ飛んでしまった。今はただ瑞葉が無事だった喜びを、全身で噛み締める。
だけど、それでも一言だけ……。
「瑞葉――おかえりなさい」
「ああ。ただいま、菜乃華」
菜乃華は胸にいっぱいの思いを詰め込んで、瑞葉に笑い掛けるのだった。