しかし慌てている僕を見て、梓はくすりと微笑む。
「さすがにもう見たりしないから、安心して。明日まで楽しみに待ってる」
「う、うん……ありがと……」
「それで、私は少し部屋を出たほうがいい?」
「いや、梓がお風呂に入ってる時にやるから、大丈夫だよ」
包装するぐらいなら、短時間で終わらせることができる。梓は「明日が楽しみだなぁ」と言いながら、僕の隣にひょこっと座った。
「二十三歳だっけ?」
「うん」
「僕と、三歳も離れちゃうんだ」
「そうなるね」
「三つも離れてたら、さすがに子どもっぽいなって思わない?」
梓は少しの間考える仕草を取ったが、すぐにふにゃりと微笑んだ。
「私も十分子どもだから、あんまり気にしないかも」
「そう?」
「むしろ、悠くんの方が年上に感じることがあるから」
「奇遇だね。最近、僕も梓が年上っぽく見えるようになってきた」
「それ別に何もおかしくないんだけど?!」
梓がツッコミを入れると、僕は思わず噴き出した。それからお互いに、おかしくなって笑い続ける。別に年齢なんて関係ないと、僕は思い直した。
「でも、歳をとっていくことに、危機感を覚え始めてきたかも」
「それはどうして?」
「若い子の方が、悠くんは嬉しいと思うから。おばさんになってくと、いつか捨てられそうだなって」
「捨てたりなんてしないよ。僕は、一緒に歳をとっていきたい」
「そんなこと言われるなんて、私は幸せ者だなぁ」
そう言って、梓は猫みたいに僕に寄りかかってくる。彼女の優しい匂いは、いつの間にか僕の中で心が安らぐものに変わっていた。
「今日は一緒に夜ご飯作ろうよ」
「じゃあ、私がハンバーグ作るから、悠くんはお味噌汁ね」
「もっと難しいもの作らせてよ。せっかく誕生日前なんだから、梓にはゆっくりしてほしい」
「悠くんのお味噌汁、好きなの。誕生日前なんだから、飲みたいな」
梓がそう言うならと、僕は頷く。それからもたっぷり会話を楽しんでいると、いつのまにか夜ご飯を作る時間になっていて、二人でキッチンに立つ。狭いキッチンだが、その狭い空間で二人で作業をしているのが、なんかいいなと感じた。
出来上がった料理を二人で食べて、美味しいねと言い合い、お皿を洗って風呂に入る。時刻はいつの間にか二十三時になっていて、もうそろそろ梓の年齢が一つ上がる。
残りの一時間がとてつもなく長く感じられて、時計の分針が一つ進むたびに、心臓の鼓動が早くなるように感じられた。そんな緊張する僕を察したのか、梓はくすりと微笑んで僕の手に手のひらを重ねてくれる。
「悠くんが選んだものなら、私はなんでも嬉しいよ。だから、自信持って」
自信を持つ。それは僕にとって、一番と言っていいほど難しいことだ。けれど、出来上がったコートとマフラーは、彼女への愛情を一心に注いだ。間違いなく僕があげられる最高のプレゼントだから、それが僕の中で大きな自信となった。
やがて、秒針が十一の文字盤を通過する。梓の誕生日まで、残り十秒。五秒になった瞬間、僕はその言葉の用意を始めた。
そして、カチリと分針の動く音が静まり返った室内に響く。僕は精一杯の気持ちを込めて、言った。
「誕生日おめでとう、梓」
そして用意していた二つのものを、押入れの中から取り出す。包装されたプレゼントを見て、梓は目を丸めた。
「二つも?」
「うん。気に入ってくれたら、嬉しい」
やっぱり緊張で顔がこわばる。それでも、梓がその中身を取り出す瞬間まで、決して顔をそむけたりはしなかった。
「じゃ、じゃあこの小さい方から……」
梓も緊張しているのか、少し震えた手で丁寧に放送を剥がしていった。そして中から出てきたマフラーを、両腕で大事そうに抱きしめる。その瞳は、涙で潤んでいた。
「嬉しい……!」
「もう冬だから、凍えないようにって思ったんだ」
「ねえ、こっちは?」
「開けてみて。実はそっちの方が、プレゼントのメイン」
梓は期待に満ちた表情を浮かべながら、もうひとつの包装を剥がしていく。「ぬいぐるみかな、それとも……」そんなことを呟きながら彼女が包装を開けると、隙間から赤色のダッフルコートがのぞく。梓はそれを見て、今度こそ涙を流した。
「たぶん、絶対似合うと思う。着てみて」
「……いいの?」
「うん。梓のためだけに、用意をしたから」
彼女は恐る恐るダッフルコートを取り出した。そして、ゆっくりと袖を通していく。傍目から見れば、サイズはピッタリに見えるが、果たして本人はどう感じるのか。緊張しながらも答えを待っていると、梓は腕を上げ下げして、再び目を丸めた。
「すごい、びっくりするぐらいピッタリ」
「梓のコート、ちょっと参考にさせてもらったんだ。勝手に触っちゃってごめん」
「ううん、全然気にしないよ」
梓は僕のプレゼントしたコートを着たまま、勢いよく抱きついてくる。何のためらいもなく、僕は彼女のことを抱きしめ返した。
「おめでとう、梓」
「うん、ありがと……」
そろそろ、一番大事なネタバラシをしなければいけない。そのタイミングをうかがっていると、梓は僕にふと質問してきた。
「こんなこと聞くのあんまりよくないけど、いくらぐらいしたのかな? ちょっと、無理させちゃった?」
途端に、梓は申し訳なさそうな表情を浮かべる。言うならここだと、僕は覚悟を決めた。
「実は、マフラーもコートも僕が作ったんだよ」
「……えっ?」
「梓が部屋にいない時、こっそり作ってた。そっちの方が、喜んでくれるかと思って」
梓は自分の着ているコートと、首に巻いているマフラーとを交互に見る。そんなにじっくり見ると、僕も気付かなかったミスを発見されそうで、少し怖い。
「悠くん、高校の時は学校で、そういう勉強とかしてたの……?」
「ううん。小学生の頃から、そういうことに興味があって。ずっと独学で勉強してたんだ」
これを作ると決めた時から、僕は梓にこれまでのことを話そうと決めていた。
小学生の頃に、母に褒められたのが嬉しかったこと。兄妹より優れている部分があるのが嬉しくて、自分で服飾について調べ始めたこと。小学生の頃は、市の図書館から本を借りて、中学生からはパソコンで調べながら勉強した。
クラスの男子には女みたいだと笑われて、女子にはすごいと褒められて。梓は僕の話を、ただ黙って聞いてくれた。
そして全てを話し終わった時、彼女は僕に訊ねる。
「どうして、そんなに大好きなのに、服飾関係の大学に行かなかったの……?」
そんな、至極当然の質問。その答えは、僕が高校に入学した時からすでに、決められていたのだろう。
「良い大学に入学して、良い職場に就職することが、僕の親の理想だったから。子どもの頃からそんな理想が僕にも植え付けられてて、とてもじゃないけど服飾の道に進むことを提案できなかったんだ」
自分に自信を持てなかった僕は、服飾業界で働く自分を想像できなかった。圧倒的に技術が求められる環境より、勉強とコミュニケーション能力があれば入れる職場の方が、僕には向いている。
「今まで黙ってて、ごめん。でもいつかは、ちゃんと話そうって決めてたんだ」
梓は黙ったままうつむいてしまい、顔を上げてくれない。先ほどまでの嬉しそうな表情は、いつの間にかどこかに消え去っていた。
ぽつりと、彼女は呟く。
「……悠くんは、服飾の道を目指すべきだよ」
そんな、予想もしていなかった言葉を聞いて、僕は戸惑う。
「いや、無理だよ。もう今の大学に通ってるし」
今更服飾の道に進もうなんて、そんなのは無理だ。今の国立大学への入学が決まった時点で、服飾への道は閉ざされたのだから。今の僕には、安定した公務員を目指すか、大手の会社に勤めるかという平凡な選択肢しか残っていない。
そうだというのに、梓は僕の肩を掴んで、涙を流しながら諭すように言った。
「それなら、今日は実家に戻って、両親を説得しようよ。服飾の道に、進みたいって。さっきの話をご両親に話したら、きっと分かってくれるから……!」
「……ダメだって。二人とも、頭が固いんだよ。絶対に、分かってなんてくれない」
「絶対、分かってくれるよ!」
「無理だって。梓の家みたいに、優しくないんだよ。それに今日は、梓の誕生日なんだよ?」
「私の誕生日なんて、悠くんの事情があるならどうでもいい」
どうして頑として譲ってくれないのか、僕にはさっぱりわからなかった。僕がもういいと言っているし、梓には関係のないことだというのに。
それに安定するかもわからない職に就くより、このまま敷かれたレールの上を歩く方が、絶対いいに決まっている。他の誰にそう聞いたって、同じ答えが返ってくるだろう。
今度は僕が、彼女の肩を掴む。
「今日はもう寝よう。きっと、疲れてるんだよ」
「疲れてなんか……」
「どっちにしても、もうこんな時間だから」
そう言って、僕は梓の追及から逃げた。彼女の言葉から、耳を塞いだ。
それから梓は僕のプレゼントしたコートを脱ぎ、大事そうにクローゼットの中にかける。そして布団を敷いている時、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、取り乱しちゃって……」
「ううん、気にしてない」
「プレゼント、すごく嬉しかった。今までにもらった、どんなプレゼントよりも」
梓が喜んでほしくて、僕もその言葉が聞きたくて、コート作りに励んでいた。だから完成をして、そんな風に言ってくれることが、たまらなく嬉しい。
その日の僕らは、一緒の布団に入った。一度眠る前に、服飾業界で働きたいと親に相談する姿を想像した。けれど、それは無理なことなのだと悟る。最後に見た、母のあの嬉しそうな表情。僕の心は冷え切っていたけれど、あの表情が頭の中から消えてくれない。今更進路を変更すれば、期待を寄せてくれていた家族を裏切ることになる。
別に僕は、家族のことが嫌いなわけじゃない。どんなに僕に無関心だったとしても、あの褒めてくれた時のことを、忘れられないから。僕が今ここにいるのは、他ならぬ両親のおかげで、とても感謝している。
だから、今更もう遅いのだ。
何もかも、もう遅い。
「さすがにもう見たりしないから、安心して。明日まで楽しみに待ってる」
「う、うん……ありがと……」
「それで、私は少し部屋を出たほうがいい?」
「いや、梓がお風呂に入ってる時にやるから、大丈夫だよ」
包装するぐらいなら、短時間で終わらせることができる。梓は「明日が楽しみだなぁ」と言いながら、僕の隣にひょこっと座った。
「二十三歳だっけ?」
「うん」
「僕と、三歳も離れちゃうんだ」
「そうなるね」
「三つも離れてたら、さすがに子どもっぽいなって思わない?」
梓は少しの間考える仕草を取ったが、すぐにふにゃりと微笑んだ。
「私も十分子どもだから、あんまり気にしないかも」
「そう?」
「むしろ、悠くんの方が年上に感じることがあるから」
「奇遇だね。最近、僕も梓が年上っぽく見えるようになってきた」
「それ別に何もおかしくないんだけど?!」
梓がツッコミを入れると、僕は思わず噴き出した。それからお互いに、おかしくなって笑い続ける。別に年齢なんて関係ないと、僕は思い直した。
「でも、歳をとっていくことに、危機感を覚え始めてきたかも」
「それはどうして?」
「若い子の方が、悠くんは嬉しいと思うから。おばさんになってくと、いつか捨てられそうだなって」
「捨てたりなんてしないよ。僕は、一緒に歳をとっていきたい」
「そんなこと言われるなんて、私は幸せ者だなぁ」
そう言って、梓は猫みたいに僕に寄りかかってくる。彼女の優しい匂いは、いつの間にか僕の中で心が安らぐものに変わっていた。
「今日は一緒に夜ご飯作ろうよ」
「じゃあ、私がハンバーグ作るから、悠くんはお味噌汁ね」
「もっと難しいもの作らせてよ。せっかく誕生日前なんだから、梓にはゆっくりしてほしい」
「悠くんのお味噌汁、好きなの。誕生日前なんだから、飲みたいな」
梓がそう言うならと、僕は頷く。それからもたっぷり会話を楽しんでいると、いつのまにか夜ご飯を作る時間になっていて、二人でキッチンに立つ。狭いキッチンだが、その狭い空間で二人で作業をしているのが、なんかいいなと感じた。
出来上がった料理を二人で食べて、美味しいねと言い合い、お皿を洗って風呂に入る。時刻はいつの間にか二十三時になっていて、もうそろそろ梓の年齢が一つ上がる。
残りの一時間がとてつもなく長く感じられて、時計の分針が一つ進むたびに、心臓の鼓動が早くなるように感じられた。そんな緊張する僕を察したのか、梓はくすりと微笑んで僕の手に手のひらを重ねてくれる。
「悠くんが選んだものなら、私はなんでも嬉しいよ。だから、自信持って」
自信を持つ。それは僕にとって、一番と言っていいほど難しいことだ。けれど、出来上がったコートとマフラーは、彼女への愛情を一心に注いだ。間違いなく僕があげられる最高のプレゼントだから、それが僕の中で大きな自信となった。
やがて、秒針が十一の文字盤を通過する。梓の誕生日まで、残り十秒。五秒になった瞬間、僕はその言葉の用意を始めた。
そして、カチリと分針の動く音が静まり返った室内に響く。僕は精一杯の気持ちを込めて、言った。
「誕生日おめでとう、梓」
そして用意していた二つのものを、押入れの中から取り出す。包装されたプレゼントを見て、梓は目を丸めた。
「二つも?」
「うん。気に入ってくれたら、嬉しい」
やっぱり緊張で顔がこわばる。それでも、梓がその中身を取り出す瞬間まで、決して顔をそむけたりはしなかった。
「じゃ、じゃあこの小さい方から……」
梓も緊張しているのか、少し震えた手で丁寧に放送を剥がしていった。そして中から出てきたマフラーを、両腕で大事そうに抱きしめる。その瞳は、涙で潤んでいた。
「嬉しい……!」
「もう冬だから、凍えないようにって思ったんだ」
「ねえ、こっちは?」
「開けてみて。実はそっちの方が、プレゼントのメイン」
梓は期待に満ちた表情を浮かべながら、もうひとつの包装を剥がしていく。「ぬいぐるみかな、それとも……」そんなことを呟きながら彼女が包装を開けると、隙間から赤色のダッフルコートがのぞく。梓はそれを見て、今度こそ涙を流した。
「たぶん、絶対似合うと思う。着てみて」
「……いいの?」
「うん。梓のためだけに、用意をしたから」
彼女は恐る恐るダッフルコートを取り出した。そして、ゆっくりと袖を通していく。傍目から見れば、サイズはピッタリに見えるが、果たして本人はどう感じるのか。緊張しながらも答えを待っていると、梓は腕を上げ下げして、再び目を丸めた。
「すごい、びっくりするぐらいピッタリ」
「梓のコート、ちょっと参考にさせてもらったんだ。勝手に触っちゃってごめん」
「ううん、全然気にしないよ」
梓は僕のプレゼントしたコートを着たまま、勢いよく抱きついてくる。何のためらいもなく、僕は彼女のことを抱きしめ返した。
「おめでとう、梓」
「うん、ありがと……」
そろそろ、一番大事なネタバラシをしなければいけない。そのタイミングをうかがっていると、梓は僕にふと質問してきた。
「こんなこと聞くのあんまりよくないけど、いくらぐらいしたのかな? ちょっと、無理させちゃった?」
途端に、梓は申し訳なさそうな表情を浮かべる。言うならここだと、僕は覚悟を決めた。
「実は、マフラーもコートも僕が作ったんだよ」
「……えっ?」
「梓が部屋にいない時、こっそり作ってた。そっちの方が、喜んでくれるかと思って」
梓は自分の着ているコートと、首に巻いているマフラーとを交互に見る。そんなにじっくり見ると、僕も気付かなかったミスを発見されそうで、少し怖い。
「悠くん、高校の時は学校で、そういう勉強とかしてたの……?」
「ううん。小学生の頃から、そういうことに興味があって。ずっと独学で勉強してたんだ」
これを作ると決めた時から、僕は梓にこれまでのことを話そうと決めていた。
小学生の頃に、母に褒められたのが嬉しかったこと。兄妹より優れている部分があるのが嬉しくて、自分で服飾について調べ始めたこと。小学生の頃は、市の図書館から本を借りて、中学生からはパソコンで調べながら勉強した。
クラスの男子には女みたいだと笑われて、女子にはすごいと褒められて。梓は僕の話を、ただ黙って聞いてくれた。
そして全てを話し終わった時、彼女は僕に訊ねる。
「どうして、そんなに大好きなのに、服飾関係の大学に行かなかったの……?」
そんな、至極当然の質問。その答えは、僕が高校に入学した時からすでに、決められていたのだろう。
「良い大学に入学して、良い職場に就職することが、僕の親の理想だったから。子どもの頃からそんな理想が僕にも植え付けられてて、とてもじゃないけど服飾の道に進むことを提案できなかったんだ」
自分に自信を持てなかった僕は、服飾業界で働く自分を想像できなかった。圧倒的に技術が求められる環境より、勉強とコミュニケーション能力があれば入れる職場の方が、僕には向いている。
「今まで黙ってて、ごめん。でもいつかは、ちゃんと話そうって決めてたんだ」
梓は黙ったままうつむいてしまい、顔を上げてくれない。先ほどまでの嬉しそうな表情は、いつの間にかどこかに消え去っていた。
ぽつりと、彼女は呟く。
「……悠くんは、服飾の道を目指すべきだよ」
そんな、予想もしていなかった言葉を聞いて、僕は戸惑う。
「いや、無理だよ。もう今の大学に通ってるし」
今更服飾の道に進もうなんて、そんなのは無理だ。今の国立大学への入学が決まった時点で、服飾への道は閉ざされたのだから。今の僕には、安定した公務員を目指すか、大手の会社に勤めるかという平凡な選択肢しか残っていない。
そうだというのに、梓は僕の肩を掴んで、涙を流しながら諭すように言った。
「それなら、今日は実家に戻って、両親を説得しようよ。服飾の道に、進みたいって。さっきの話をご両親に話したら、きっと分かってくれるから……!」
「……ダメだって。二人とも、頭が固いんだよ。絶対に、分かってなんてくれない」
「絶対、分かってくれるよ!」
「無理だって。梓の家みたいに、優しくないんだよ。それに今日は、梓の誕生日なんだよ?」
「私の誕生日なんて、悠くんの事情があるならどうでもいい」
どうして頑として譲ってくれないのか、僕にはさっぱりわからなかった。僕がもういいと言っているし、梓には関係のないことだというのに。
それに安定するかもわからない職に就くより、このまま敷かれたレールの上を歩く方が、絶対いいに決まっている。他の誰にそう聞いたって、同じ答えが返ってくるだろう。
今度は僕が、彼女の肩を掴む。
「今日はもう寝よう。きっと、疲れてるんだよ」
「疲れてなんか……」
「どっちにしても、もうこんな時間だから」
そう言って、僕は梓の追及から逃げた。彼女の言葉から、耳を塞いだ。
それから梓は僕のプレゼントしたコートを脱ぎ、大事そうにクローゼットの中にかける。そして布団を敷いている時、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、取り乱しちゃって……」
「ううん、気にしてない」
「プレゼント、すごく嬉しかった。今までにもらった、どんなプレゼントよりも」
梓が喜んでほしくて、僕もその言葉が聞きたくて、コート作りに励んでいた。だから完成をして、そんな風に言ってくれることが、たまらなく嬉しい。
その日の僕らは、一緒の布団に入った。一度眠る前に、服飾業界で働きたいと親に相談する姿を想像した。けれど、それは無理なことなのだと悟る。最後に見た、母のあの嬉しそうな表情。僕の心は冷え切っていたけれど、あの表情が頭の中から消えてくれない。今更進路を変更すれば、期待を寄せてくれていた家族を裏切ることになる。
別に僕は、家族のことが嫌いなわけじゃない。どんなに僕に無関心だったとしても、あの褒めてくれた時のことを、忘れられないから。僕が今ここにいるのは、他ならぬ両親のおかげで、とても感謝している。
だから、今更もう遅いのだ。
何もかも、もう遅い。