木製の分厚い扉を開いて中へ入ると、まず先にチーズの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。それから食欲をそそるベーコンの香りが漂ってきて、紫乃の方からくーというお腹の鳴る音が響いた。
お腹を抑えて顔を赤くさせる紫乃を見て、朝陽はくすりと微笑む。
お店は縦長の長方形の形をしていて、お洒落なバーのような内装になっている。それもそのはずで、夜はピザをつまみにお酒を飲む客で賑わっているのだ。
高校生が初めて入るには少々勇気のいるお店だが、実はそれほど料金設定は高くなく、それなりのお金でお腹を膨らませることができる。
つまり、知る人ぞ知る穴場のような店だ。
カウンター席へ座ると、店員がメニュー表を持ってきた。
開いたメニュー表にはマルゲリータピザやシーフードピザの写真が貼られており、それを見た紫乃の喉がゴクリと鳴る。
「紫乃、ピザ食べるの初めて」
「じゃあオススメはマルゲリータかな。辛いのは大丈夫?」
「ううん、ちょっと苦手かも」
朝陽は店員にマルゲリータピザの注文をして、タバスコは必要ないと伝えた。注文を承った店員は奥の厨房の方へ消えて、しばらくすると丸い木製のプレートの上に、大きなピザを乗せたものを運んでくる。
赤いケチャップの上に広げられた黄金色のチーズは、口に入れる前からその美味しさが伝わってきた。朝陽はピザカッターを回転させながら、一人分の大きさにピザを切り分ける。
「これ、お箸は使わないの?」
「手で掴んで食べるのが一般的だね」
「ふーん」
朝陽に言われた通り、紫乃はピザの耳を手掴みした。それを口元へ運ぶために、ゆっくりプレートから持ち上げる。
「あ、あれ?」
ピザを持ち上げた拍子に、乗っていたチーズが生地から滑り落ちて行き、紫乃は慌てて生地をプレートの上へと戻した。
それを見ていた朝陽は、ピザの食べ方を実演してみせる。
「こうするとうまく食べれるよ」
朝陽はピザをくるりと巻くようにして、耳の部分と端の部分を指で持った。こうすれば、あまり手を汚さずにピザを食べることができる。
そのままピザを口へ運ぶと、チーズの風味とケチャップのまろやかさが口内を駆け巡った。
それを見ていた紫乃は、納得したように数度頷く。朝陽の食べ方を真似てピザを口へ運ぶと、みるみるうちに表情に笑顔の花が咲いた。
「んー! 美味しい!」
「まだいっぱいあるから、もっと食べなよ」
「うん!」
大きな丸いピザはどんどん二人の胃の中へと入っていき、気付いた頃にはプレートの上に一ピースしか残っていない。一瞬紫乃が最後の一ピースに手をのばしかけたが、途中ハッと我に返りすぐに引っ込めた。
「朝陽くんが食べなよ。男の子だし、お腹空いてるでしょ?」
「紫乃が食べていいよ。すごく食べたそうにしてるし。それに今日は紫乃のためにここに来たんだから」
「そう?」
恥ずかしげに頬を染めながら、紫乃は最後の一ピースを掴み口の中へ入れた。先ほどよりも長い時間咀嚼して胃の中へと入れる。
歓喜の表情を見せる紫乃を見て、朝陽も自然と心が温かくなった。紙ナプキンで指先を拭きながら、ふと思ったことをそのまま伝える。
「紫乃とこんな風に出かけられてるのが、僕はすごく嬉しい」
どんな病気を患っていたのかは知らないし、昔の出来事をいろいろ忘れてしまってはいるけれど、こんな風に二人で出かけられるようになる未来を、きっと朝陽は想像出来ていなかった。
それはおそらく紫乃も同じで、部屋の外で自由に遊んでいる未来を想像なんて出来ていなかったのだろう。少し照れた表情を見せながら、紫乃は言った。
「紫乃も、すごく嬉しい。これも全部、彩ちゃんのおかげだよ」
紫乃の口からたびたび飛び出す、綾坂彩という人物のことを、朝陽は少し気になり始めていた。どこにいるのかもわからない友達の友達、いわゆる赤の他人を探そうとするなんて、とても心根の優しい献身的な人なのだろう。
「綾坂さんとは、どこで友達になったの?」
「え、彩ちゃん?」
「うん。紫乃と僕を再び会わせてくれた人だから、いろいろと知っておきたくて。そのうちお礼も言いたいし」
朝陽が質問をすると、紫乃の表情に先ほど珠樹の話をした時のような陰りが差した。何かを答えあぐねているような、そんな表情にも見える。
しかし紫乃は、その表情をすぐに引っ込めて、口角を持ち上げて笑みを浮かべた。それが何かをごまかそうとしている作り笑いだということは、朝陽にも理解できた。
「病院でね、知り合ったの」
「病院?」
「昔から身体が弱くて入院してたんだって。それで紫乃も病院に行く機会があって……その時に偶然にね」
その名前しか知らない彩という人物のことを聞かされた朝陽は、彼女に対して不安な気持ちを抱く。
「もしかして、綾坂さんって何か重い病気だったりするの……?」
恐る恐る問いかけると、紫乃は口では説明をせずに、自分の胸にそっと手を当てた。
「ちょっと、ここが悪かったんだって」
「悪かったって?」
「そのままの意味だよ。でも今はもう良くなってる。だってそうじゃないと、彩ちゃんも朝陽くんを探したり出来ないでしょう?」
たしかにその通りだ。もしかするとお互いに病を患っていたから、どこか通じ合うところがあったのかもしれないと朝陽は思った。
「二人とも病気が治ってよかったよ。ということは今、同じ場所に住んでるの?」
「え、あ、うん……」
どこか歯切れの悪い返答だった。
しかしそれを誤魔化すように、また紫乃は微笑む。
「じゃあ今度は僕が、紫乃と綾坂さんに会いに行くよ。今はどの辺に住んでるの?」
「あ、えっと……」
紫乃が口にした場所は、浜織からみてだいぶ南にある県だった。電車か、もしくは飛行機で飛んでもおかしくない距離。それでも紫乃は自分のことを探し出してくれたのだから、今度はこちらから会いに行こうと朝陽は決心した。
早ければ次の長期休みに。
もしその時期がダメで、その間にどちらかが引越しをしたとしても、今はスマホがあるからいつでも連絡を取って会いに行くことができる。
子どもの頃、大きかった世界が今は小さく見えて、なんだか朝陽は嬉しかった。
「じゃあそろそろ出ようか。次はどこに行く?」
その言葉に、紫乃はパッと表情を晴れさせる。これからは、できるだけ多くの彼女の笑顔を見たいと朝陽は思った。
お腹を抑えて顔を赤くさせる紫乃を見て、朝陽はくすりと微笑む。
お店は縦長の長方形の形をしていて、お洒落なバーのような内装になっている。それもそのはずで、夜はピザをつまみにお酒を飲む客で賑わっているのだ。
高校生が初めて入るには少々勇気のいるお店だが、実はそれほど料金設定は高くなく、それなりのお金でお腹を膨らませることができる。
つまり、知る人ぞ知る穴場のような店だ。
カウンター席へ座ると、店員がメニュー表を持ってきた。
開いたメニュー表にはマルゲリータピザやシーフードピザの写真が貼られており、それを見た紫乃の喉がゴクリと鳴る。
「紫乃、ピザ食べるの初めて」
「じゃあオススメはマルゲリータかな。辛いのは大丈夫?」
「ううん、ちょっと苦手かも」
朝陽は店員にマルゲリータピザの注文をして、タバスコは必要ないと伝えた。注文を承った店員は奥の厨房の方へ消えて、しばらくすると丸い木製のプレートの上に、大きなピザを乗せたものを運んでくる。
赤いケチャップの上に広げられた黄金色のチーズは、口に入れる前からその美味しさが伝わってきた。朝陽はピザカッターを回転させながら、一人分の大きさにピザを切り分ける。
「これ、お箸は使わないの?」
「手で掴んで食べるのが一般的だね」
「ふーん」
朝陽に言われた通り、紫乃はピザの耳を手掴みした。それを口元へ運ぶために、ゆっくりプレートから持ち上げる。
「あ、あれ?」
ピザを持ち上げた拍子に、乗っていたチーズが生地から滑り落ちて行き、紫乃は慌てて生地をプレートの上へと戻した。
それを見ていた朝陽は、ピザの食べ方を実演してみせる。
「こうするとうまく食べれるよ」
朝陽はピザをくるりと巻くようにして、耳の部分と端の部分を指で持った。こうすれば、あまり手を汚さずにピザを食べることができる。
そのままピザを口へ運ぶと、チーズの風味とケチャップのまろやかさが口内を駆け巡った。
それを見ていた紫乃は、納得したように数度頷く。朝陽の食べ方を真似てピザを口へ運ぶと、みるみるうちに表情に笑顔の花が咲いた。
「んー! 美味しい!」
「まだいっぱいあるから、もっと食べなよ」
「うん!」
大きな丸いピザはどんどん二人の胃の中へと入っていき、気付いた頃にはプレートの上に一ピースしか残っていない。一瞬紫乃が最後の一ピースに手をのばしかけたが、途中ハッと我に返りすぐに引っ込めた。
「朝陽くんが食べなよ。男の子だし、お腹空いてるでしょ?」
「紫乃が食べていいよ。すごく食べたそうにしてるし。それに今日は紫乃のためにここに来たんだから」
「そう?」
恥ずかしげに頬を染めながら、紫乃は最後の一ピースを掴み口の中へ入れた。先ほどよりも長い時間咀嚼して胃の中へと入れる。
歓喜の表情を見せる紫乃を見て、朝陽も自然と心が温かくなった。紙ナプキンで指先を拭きながら、ふと思ったことをそのまま伝える。
「紫乃とこんな風に出かけられてるのが、僕はすごく嬉しい」
どんな病気を患っていたのかは知らないし、昔の出来事をいろいろ忘れてしまってはいるけれど、こんな風に二人で出かけられるようになる未来を、きっと朝陽は想像出来ていなかった。
それはおそらく紫乃も同じで、部屋の外で自由に遊んでいる未来を想像なんて出来ていなかったのだろう。少し照れた表情を見せながら、紫乃は言った。
「紫乃も、すごく嬉しい。これも全部、彩ちゃんのおかげだよ」
紫乃の口からたびたび飛び出す、綾坂彩という人物のことを、朝陽は少し気になり始めていた。どこにいるのかもわからない友達の友達、いわゆる赤の他人を探そうとするなんて、とても心根の優しい献身的な人なのだろう。
「綾坂さんとは、どこで友達になったの?」
「え、彩ちゃん?」
「うん。紫乃と僕を再び会わせてくれた人だから、いろいろと知っておきたくて。そのうちお礼も言いたいし」
朝陽が質問をすると、紫乃の表情に先ほど珠樹の話をした時のような陰りが差した。何かを答えあぐねているような、そんな表情にも見える。
しかし紫乃は、その表情をすぐに引っ込めて、口角を持ち上げて笑みを浮かべた。それが何かをごまかそうとしている作り笑いだということは、朝陽にも理解できた。
「病院でね、知り合ったの」
「病院?」
「昔から身体が弱くて入院してたんだって。それで紫乃も病院に行く機会があって……その時に偶然にね」
その名前しか知らない彩という人物のことを聞かされた朝陽は、彼女に対して不安な気持ちを抱く。
「もしかして、綾坂さんって何か重い病気だったりするの……?」
恐る恐る問いかけると、紫乃は口では説明をせずに、自分の胸にそっと手を当てた。
「ちょっと、ここが悪かったんだって」
「悪かったって?」
「そのままの意味だよ。でも今はもう良くなってる。だってそうじゃないと、彩ちゃんも朝陽くんを探したり出来ないでしょう?」
たしかにその通りだ。もしかするとお互いに病を患っていたから、どこか通じ合うところがあったのかもしれないと朝陽は思った。
「二人とも病気が治ってよかったよ。ということは今、同じ場所に住んでるの?」
「え、あ、うん……」
どこか歯切れの悪い返答だった。
しかしそれを誤魔化すように、また紫乃は微笑む。
「じゃあ今度は僕が、紫乃と綾坂さんに会いに行くよ。今はどの辺に住んでるの?」
「あ、えっと……」
紫乃が口にした場所は、浜織からみてだいぶ南にある県だった。電車か、もしくは飛行機で飛んでもおかしくない距離。それでも紫乃は自分のことを探し出してくれたのだから、今度はこちらから会いに行こうと朝陽は決心した。
早ければ次の長期休みに。
もしその時期がダメで、その間にどちらかが引越しをしたとしても、今はスマホがあるからいつでも連絡を取って会いに行くことができる。
子どもの頃、大きかった世界が今は小さく見えて、なんだか朝陽は嬉しかった。
「じゃあそろそろ出ようか。次はどこに行く?」
その言葉に、紫乃はパッと表情を晴れさせる。これからは、できるだけ多くの彼女の笑顔を見たいと朝陽は思った。