朝陽が電話を取るのにこんなに緊張をしたのは、初めてのことなのかもしれない。少なくとも珠樹からの電話で緊張をした経験は、今の所ただの一度もなかった。
朝陽は震えるスマホを握りしめて、着信ボタンを押す。そしてすぐに、耳に当てた。
『もう! お姉ちゃんが話したいって言ったんだから、早くスマホ持って! 耳に当てて!』
『な、なんか今日の乃々怖いよ……?』
『そんなの当たり前! お姉ちゃんが電話したいって言ったんだから、朝陽さんに迷惑かけないでっ!』
電話の向こう側で二人は口論をしていて、ちょっとだけ朝陽の緊張はほぐれた。というより、乃々が敬語を外しているのは初めて聞いたため、いつの間にか電話口に耳を傾けていた。
家族に対して敬語を外すのは、もちろん当たり前のことだ。
『あ、あの……朝陽、くん……?朝陽くん、だよね……?』
『そんな心配しなくても、ちゃんと朝陽さんだから。朝陽さん、姉のことをしばらくよろしくお願いしますね』
「あ、うん……」
乃々の声がやや遠くから響いた後、ドアをスライドさせて部屋を出ていく音が聞こえた。おそらく、二人に気を使ったのだろう。
彩はそれからも無言だったため、朝陽の方から話し始めることにした。
「入院してるって聞いたけど、大丈夫そう?」
『うん……ただの検査入院だし、入院も慣れてるから……』
正直入院することに慣れて欲しくはないが、人生の大半を白い壁の中で過ごしているのだから、そうなっても仕方がないだろう。
『あの、朝陽くん……』
「どうしたの?」
『……やっぱり、怒ってるのかな?』
「えっ、どうして僕が彩さんに怒らなきゃいけないの?」
『だって、だって……』
やはり、まだ彩はあの時の出来事を引きずっているのだ。朝陽はなるべく彼女が安心するように、優しい声で語りかけた。
「僕は怒ってないよ。前にも言ったけど、彩さんは紫乃との約束を守っただけなんだから。だから何も、背負いこむ必要なんてないんだ」
電話の向こうで、すんと鼻をすする音が聞こえる。その後、彼女は声を出しながら泣いた。たくさん泣いた。
愛する人を、大切な人を失ったのだから当然だ。残された人たちは、ゆっくりとその事実を受け入れていかなければいけない。
しばらく声を出しながら泣いた後、彼女は涙声になりながら話しを始めた。
『私、全部受け入れるから……』
「うん」
『もう、生きることに逃げたりなんてしない……紫乃とも、ちゃんと向き合う……だからその決意が固まったときに、また私と会ってくれないかな……?』
「当然だよ。僕は一日でも早く、彩さんに会いたいって思ってるから」
今すぐにでも会いに行って、その震える身体を抱きしめてあげたい。愛する人は、まだ生きているのだから。
今度は控えめな恥じらいを持った声で、彩は朝陽に質問をした。
『朝陽くんは、どうして私のことを好きになってくれたの……?』
「あらたまってそう訊かれると、ちょっと恥ずかしいね」
『教えて、ほしいな……大切なことは、言葉にしないと伝わらないんでしょ……?』
それは朝陽自身の言った言葉だ。だからそう発言した手前、隠しておくわけにもいかない。それに教えてあげないと、彩は混乱してしまうだけだろうから。
頬をかきながら、朝陽は話し始めた。
「最初は、一目惚れだったんだよ。それから紫乃の話す彩さんのことが、少しだけ気になってきた。乃々さんに彩さんの内面を聞いて、支えてあげたいと思うようになった。でも僕は最初、紫乃のことを好きなんだって勘違いをしてた。そのことを、僕はだいぶ後に知って、紫乃のことを傷つけたんだ」
自分の思いは伝わったのだろうかと緊張する。すごい遠回りをしてしまったが、この気持ちに偽りはないと朝陽は思っていた。
自分は彩のことが好きなのだと、今は胸を張ってそう言えるのだから。
わずかな間の後、彩はまたポツリと呟く。
『わからないよ……』
苦しげに、彼女は言う。
『私、今まで恋をしたことがなかったから……遠い世界のことなんだって、思ってたから……私のこの気持ちがなんなのか、朝陽くんの気持ちを受け止めていいのか、全然分からないの……』
彩の言っていることは、別におかしな話ではない。乃々は、彼女のことを鈍感だと評していた。
それもそのはず、彩は幼い頃から入院生活が続いていて、健康な学生が当たり前のように行なっている色恋を、何一つ体験していないのだ。
だから自分に向けられている恋の感情をどうしていいのか分からないし、ひいては自分に芽生えている感情がどこから来るものなのか、理解するのが困難なのかもしれない。
それに彼女は優しい心を持っている。自分の病気のことで相手に迷惑をかけてしまうと考えて、知らず知らずのうちに恋愛に後ろ向きになっていた可能性だってある。
しかしそれでも、彼女は健康な身体になることが出来たのだ。たとえその恋の感情が自分に向けられていなかったとしても、そういう感情があるのだということを、朝陽は彩に知ってほしかった。
「ゆっくり、自分の気持ちと向き合っていこう。僕はいつまでも、彩さんのことを待ってるから」
『そんな、そんなの、申し訳ないよ……それなら、もっと他の人と……』
「他の人?」
『ほら……たとえば……乃々とか……』
「乃々さんのことは人として好きだと思ってるけど、仮に恋愛感情を抱いたりしたら引っ叩かれると思うんだ。もう、彩さんのことが好きだって言っちゃってるし」
『じゃ、じゃあ珠樹さんとか……』
「珠樹のことも、もう振っちゃってるよ。今さら心変わりしたら、それこそ殺されちゃうと思う」
その前に、紫乃ではなく彩のことが好きなのだと言ったら、一発殴られるかもしれないと恐怖している。珠樹には、事の顛末をまだ報告していないから。彼女はまだ、彩のことを紫乃だと思っている。
朝陽はまた、優しい声で語りかけた。
「こういうのは、惚れたもの負けだから。彩さんがどれだけ迷っても、ずっと待ち続けるよ。僕はたぶん一途だから。ずっと、彩さんのことが好きだよ」
電話の向こうで、ガサッという音が響く。スマホをベッドの上に落とした音なのだということは分かったが、どうして落としてしまったのか、朝陽には分からなかった。
「彩さん、大丈夫?」
『う、うん。大丈夫っ』
「もしかして体調悪い? それなら、無理せずに通話切っても大丈夫だよ」
しばらくの間の後に、彩は若干声を震わせながら答えた。
『うん……ちょっと、色々考えたい……』
「そっか。それじゃあ残念だけど、そろそろ……」
『あの、ちょっと待って!』
大きな声で、彼女は通話を切るのを制止させる。朝陽はその声にびっくりして、話していた声は喉の奥へと引っ込んでしまった。
それから彩は、数秒ほど何も話さない。もしかすると通話が切れたのかもしれないと思ったが、彼女の息遣いが聞こえているため向こうに繋がっているのだろう。
たっぷり数分無言だった彼女は、ようやく小さな声で呟いた。
『明日も、電話したい……』
「え?」
『明日も電話したら、ダメかな……?』
「いや、それは全然いいんだけど。でも、両親が……」
『それは乃々になんとかしてもらう……乃々に対して、お父さんもお母さんも甘いから……』
「本当に大丈夫?」
『もしダメだったら、私病院抜け出す……乃々に手伝ってもらって……』
どちらにしても乃々に何かしらの被害が及びそうで、朝陽は小さく苦笑した。ようやく彼女の言っていたことが、実感できたような気がする。
彩はすごく、わがままな子だった。
「病院は抜け出したらダメだよ。また両親が心配するから。どうしてもって言うなら、乃々さんに説得してもらって電話してね」
『うん、分かった……』
「あんまり乃々さんに迷惑かけたらダメだよ?」
『うん……』
きっと朝陽は後で、乃々に小言を言われるのだろう。しかし彼女は優しいから、結局彩の言うことを聞いてしまうのだ。
「それじゃあ、今日はもう切るね」
『うん……』
少し名残惜しかったが、彩に負担をかけさせるわけにはいかないと思い、朝陽は自分の気持ちを押し殺して通話を切る。
それから、もう自分の中で完全に緊張がなくなっていることに気付き、これなら次からは普通に話を出来るだろうなと思った。
そして翌日になり、朝陽の元に再び着信が来る。予想通り乃々に小言を言われたものの、彼女はどこか嬉しそうでもあった。
その朝陽と彩の電話は、彼女の検査入院が終わるまで一日置きの間隔ぐらいで続いた。退院したのは夏休みが終わって二週間経った頃で、その時にはスマホを返してもらったらしい。
朝陽が大変だったのは、その後だ。
電話をする時に乃々の助けがいらなくなった彩は、それから夜は毎日のように電話をかけてくるようになった。
話の内容は学校で起きた出来事がほとんどで、何も話題がない時であっても、とりあえず電話を掛けてくる。そのため、一ヶ月経った頃にはもう、それは日課のようなものになっていた。
しかしそれでも、朝陽は彩のことを嫌いになったりしない。どれだけわがままであっても、彼女の良い部分を朝陽はいくらでも知っているからだ。
それさえ見失わなければ、彩を嫌いになることなんてありえない。そう確信していた。
結局二人は、その後しばらく一度も会うことはなかった。しかしあれから一年後の桜が咲き始めた日。彩はようやく朝陽へそのお誘いをした。
『今度、紫乃ちゃんのお墓参りに行きたいの……朝陽くんと、一緒に……』
ようやく彼女は、紫乃と本当の意味で向き合う決意が出来たのだろう。朝陽はそれが嬉しくなり、目頭がほんのり熱くなった。
「いいよ。じゃあ、いつにする?」
『ありがと。それで、日にちは……』
どうして彩がその日を選んだのか、朝陽はすぐに理解出来た。それは一ヶ月ほど前に、乃々からある話を聞いていたからだ。
彩は、桜が咲いた日に病気が治ったのだと。
おそらく彩が指定した日は、彼女の病気が治った日なのだろう。
そして同時にその日は、東雲紫乃の命日だった。
朝陽は震えるスマホを握りしめて、着信ボタンを押す。そしてすぐに、耳に当てた。
『もう! お姉ちゃんが話したいって言ったんだから、早くスマホ持って! 耳に当てて!』
『な、なんか今日の乃々怖いよ……?』
『そんなの当たり前! お姉ちゃんが電話したいって言ったんだから、朝陽さんに迷惑かけないでっ!』
電話の向こう側で二人は口論をしていて、ちょっとだけ朝陽の緊張はほぐれた。というより、乃々が敬語を外しているのは初めて聞いたため、いつの間にか電話口に耳を傾けていた。
家族に対して敬語を外すのは、もちろん当たり前のことだ。
『あ、あの……朝陽、くん……?朝陽くん、だよね……?』
『そんな心配しなくても、ちゃんと朝陽さんだから。朝陽さん、姉のことをしばらくよろしくお願いしますね』
「あ、うん……」
乃々の声がやや遠くから響いた後、ドアをスライドさせて部屋を出ていく音が聞こえた。おそらく、二人に気を使ったのだろう。
彩はそれからも無言だったため、朝陽の方から話し始めることにした。
「入院してるって聞いたけど、大丈夫そう?」
『うん……ただの検査入院だし、入院も慣れてるから……』
正直入院することに慣れて欲しくはないが、人生の大半を白い壁の中で過ごしているのだから、そうなっても仕方がないだろう。
『あの、朝陽くん……』
「どうしたの?」
『……やっぱり、怒ってるのかな?』
「えっ、どうして僕が彩さんに怒らなきゃいけないの?」
『だって、だって……』
やはり、まだ彩はあの時の出来事を引きずっているのだ。朝陽はなるべく彼女が安心するように、優しい声で語りかけた。
「僕は怒ってないよ。前にも言ったけど、彩さんは紫乃との約束を守っただけなんだから。だから何も、背負いこむ必要なんてないんだ」
電話の向こうで、すんと鼻をすする音が聞こえる。その後、彼女は声を出しながら泣いた。たくさん泣いた。
愛する人を、大切な人を失ったのだから当然だ。残された人たちは、ゆっくりとその事実を受け入れていかなければいけない。
しばらく声を出しながら泣いた後、彼女は涙声になりながら話しを始めた。
『私、全部受け入れるから……』
「うん」
『もう、生きることに逃げたりなんてしない……紫乃とも、ちゃんと向き合う……だからその決意が固まったときに、また私と会ってくれないかな……?』
「当然だよ。僕は一日でも早く、彩さんに会いたいって思ってるから」
今すぐにでも会いに行って、その震える身体を抱きしめてあげたい。愛する人は、まだ生きているのだから。
今度は控えめな恥じらいを持った声で、彩は朝陽に質問をした。
『朝陽くんは、どうして私のことを好きになってくれたの……?』
「あらたまってそう訊かれると、ちょっと恥ずかしいね」
『教えて、ほしいな……大切なことは、言葉にしないと伝わらないんでしょ……?』
それは朝陽自身の言った言葉だ。だからそう発言した手前、隠しておくわけにもいかない。それに教えてあげないと、彩は混乱してしまうだけだろうから。
頬をかきながら、朝陽は話し始めた。
「最初は、一目惚れだったんだよ。それから紫乃の話す彩さんのことが、少しだけ気になってきた。乃々さんに彩さんの内面を聞いて、支えてあげたいと思うようになった。でも僕は最初、紫乃のことを好きなんだって勘違いをしてた。そのことを、僕はだいぶ後に知って、紫乃のことを傷つけたんだ」
自分の思いは伝わったのだろうかと緊張する。すごい遠回りをしてしまったが、この気持ちに偽りはないと朝陽は思っていた。
自分は彩のことが好きなのだと、今は胸を張ってそう言えるのだから。
わずかな間の後、彩はまたポツリと呟く。
『わからないよ……』
苦しげに、彼女は言う。
『私、今まで恋をしたことがなかったから……遠い世界のことなんだって、思ってたから……私のこの気持ちがなんなのか、朝陽くんの気持ちを受け止めていいのか、全然分からないの……』
彩の言っていることは、別におかしな話ではない。乃々は、彼女のことを鈍感だと評していた。
それもそのはず、彩は幼い頃から入院生活が続いていて、健康な学生が当たり前のように行なっている色恋を、何一つ体験していないのだ。
だから自分に向けられている恋の感情をどうしていいのか分からないし、ひいては自分に芽生えている感情がどこから来るものなのか、理解するのが困難なのかもしれない。
それに彼女は優しい心を持っている。自分の病気のことで相手に迷惑をかけてしまうと考えて、知らず知らずのうちに恋愛に後ろ向きになっていた可能性だってある。
しかしそれでも、彼女は健康な身体になることが出来たのだ。たとえその恋の感情が自分に向けられていなかったとしても、そういう感情があるのだということを、朝陽は彩に知ってほしかった。
「ゆっくり、自分の気持ちと向き合っていこう。僕はいつまでも、彩さんのことを待ってるから」
『そんな、そんなの、申し訳ないよ……それなら、もっと他の人と……』
「他の人?」
『ほら……たとえば……乃々とか……』
「乃々さんのことは人として好きだと思ってるけど、仮に恋愛感情を抱いたりしたら引っ叩かれると思うんだ。もう、彩さんのことが好きだって言っちゃってるし」
『じゃ、じゃあ珠樹さんとか……』
「珠樹のことも、もう振っちゃってるよ。今さら心変わりしたら、それこそ殺されちゃうと思う」
その前に、紫乃ではなく彩のことが好きなのだと言ったら、一発殴られるかもしれないと恐怖している。珠樹には、事の顛末をまだ報告していないから。彼女はまだ、彩のことを紫乃だと思っている。
朝陽はまた、優しい声で語りかけた。
「こういうのは、惚れたもの負けだから。彩さんがどれだけ迷っても、ずっと待ち続けるよ。僕はたぶん一途だから。ずっと、彩さんのことが好きだよ」
電話の向こうで、ガサッという音が響く。スマホをベッドの上に落とした音なのだということは分かったが、どうして落としてしまったのか、朝陽には分からなかった。
「彩さん、大丈夫?」
『う、うん。大丈夫っ』
「もしかして体調悪い? それなら、無理せずに通話切っても大丈夫だよ」
しばらくの間の後に、彩は若干声を震わせながら答えた。
『うん……ちょっと、色々考えたい……』
「そっか。それじゃあ残念だけど、そろそろ……」
『あの、ちょっと待って!』
大きな声で、彼女は通話を切るのを制止させる。朝陽はその声にびっくりして、話していた声は喉の奥へと引っ込んでしまった。
それから彩は、数秒ほど何も話さない。もしかすると通話が切れたのかもしれないと思ったが、彼女の息遣いが聞こえているため向こうに繋がっているのだろう。
たっぷり数分無言だった彼女は、ようやく小さな声で呟いた。
『明日も、電話したい……』
「え?」
『明日も電話したら、ダメかな……?』
「いや、それは全然いいんだけど。でも、両親が……」
『それは乃々になんとかしてもらう……乃々に対して、お父さんもお母さんも甘いから……』
「本当に大丈夫?」
『もしダメだったら、私病院抜け出す……乃々に手伝ってもらって……』
どちらにしても乃々に何かしらの被害が及びそうで、朝陽は小さく苦笑した。ようやく彼女の言っていたことが、実感できたような気がする。
彩はすごく、わがままな子だった。
「病院は抜け出したらダメだよ。また両親が心配するから。どうしてもって言うなら、乃々さんに説得してもらって電話してね」
『うん、分かった……』
「あんまり乃々さんに迷惑かけたらダメだよ?」
『うん……』
きっと朝陽は後で、乃々に小言を言われるのだろう。しかし彼女は優しいから、結局彩の言うことを聞いてしまうのだ。
「それじゃあ、今日はもう切るね」
『うん……』
少し名残惜しかったが、彩に負担をかけさせるわけにはいかないと思い、朝陽は自分の気持ちを押し殺して通話を切る。
それから、もう自分の中で完全に緊張がなくなっていることに気付き、これなら次からは普通に話を出来るだろうなと思った。
そして翌日になり、朝陽の元に再び着信が来る。予想通り乃々に小言を言われたものの、彼女はどこか嬉しそうでもあった。
その朝陽と彩の電話は、彼女の検査入院が終わるまで一日置きの間隔ぐらいで続いた。退院したのは夏休みが終わって二週間経った頃で、その時にはスマホを返してもらったらしい。
朝陽が大変だったのは、その後だ。
電話をする時に乃々の助けがいらなくなった彩は、それから夜は毎日のように電話をかけてくるようになった。
話の内容は学校で起きた出来事がほとんどで、何も話題がない時であっても、とりあえず電話を掛けてくる。そのため、一ヶ月経った頃にはもう、それは日課のようなものになっていた。
しかしそれでも、朝陽は彩のことを嫌いになったりしない。どれだけわがままであっても、彼女の良い部分を朝陽はいくらでも知っているからだ。
それさえ見失わなければ、彩を嫌いになることなんてありえない。そう確信していた。
結局二人は、その後しばらく一度も会うことはなかった。しかしあれから一年後の桜が咲き始めた日。彩はようやく朝陽へそのお誘いをした。
『今度、紫乃ちゃんのお墓参りに行きたいの……朝陽くんと、一緒に……』
ようやく彼女は、紫乃と本当の意味で向き合う決意が出来たのだろう。朝陽はそれが嬉しくなり、目頭がほんのり熱くなった。
「いいよ。じゃあ、いつにする?」
『ありがと。それで、日にちは……』
どうして彩がその日を選んだのか、朝陽はすぐに理解出来た。それは一ヶ月ほど前に、乃々からある話を聞いていたからだ。
彩は、桜が咲いた日に病気が治ったのだと。
おそらく彩が指定した日は、彼女の病気が治った日なのだろう。
そして同時にその日は、東雲紫乃の命日だった。