父に言われていた時間に、屋台の手伝いへと向かう。

 分担は朝陽と父が唐揚げを揚げて、彼女が接客ということになった。父曰く、女の子が接客をやったほうが人が来るから、ということらしい。

 その言葉通り、花火が打ち上がる前には屋台の前に人の行列が出来上がっていた。いつもの麻倉家に、見慣れない女の子がいるのが珍しいのだろう。その中にはもちろん、朝陽の学校の友人も混じっている。

 彼女はたくさんの人に話しかけられながらも、丁寧に笑顔を浮かべながら接客を続けた。

「いらっしゃいませ。からあげはおいくつにしますか?」
「ん、じゃあ俺五つで。あ、もしかして君、麻倉の彼女さん?」
「え、あ、えっと……違います……」

 そう否定した彼女は、奥で唐揚げを揚げている朝陽の方へチラと振り返る。朝陽もどうしてか気まずくなり、視線を油の方へと戻した。

 その二人の反応で勘違いをしたのか、客はニヤニヤと笑みを浮かべた。

「おーい、屋台の中でイチャつくなよ」

 先ほど質問した男の後ろから、朝陽の聞き慣れた声が飛んでくる。学校の帰りなのか制服のままで、同じく隣には部活の友達である女の子も数名いた。

 珠樹の言葉で本当に勘違いしてしまったのか、男は注文をしたからあげを受け取った後、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近くにいた友達と向こうへ行った。

「珠樹さん……来てくれたんだ」
「紫乃ちゃんの働いてる姿を見たかったしね。それに、毎年朝陽にはおまけしてもらってっから」
「へぇ、紫乃ちゃんっていうんだね」

 あまり火の元から離れるのはよくないが、父が行ってこいと目配せをしたため、朝陽は一度彼女の元へ近寄った。

「東雲紫乃ちゃんって言うんだぜ。しかもこいつら、今日吹奏楽部の見学に来てたんだよ」
「ごめん。あの時は僕のせいで珠樹がミスしちゃって」
「バツとして朝陽のおごりな。先生に怒られたし」
「あーなんか音楽室覗いてたかも。あれこの子だったんだ。てか君めっちゃ可愛いね」

 褒められた本人は「ありがとうございます」と、笑顔を浮かべながらお礼を言った。謙遜するのかと朝陽は思ったが、どうやら社交辞令として彼女は受け取ったようだ。

 実際のところ、珠樹の友人は社交辞令などではなく、本心を言ったのだろう。そういえば神社でも、珠樹に美人だと言われて似たような反応をしていたことを朝陽は思い出す。

 おそらく彼女はそういうことを言われ慣れているか、もしくは自分に対してすごく鈍感なのだろう。

「来週コンクールあるから、紫乃ちゃんも見に来てよ。それまでこっちにいるでしょ?」
「あ、うん。たぶん、いるかな……」
「よっしゃ! 紫乃ちゃんが来てくれるなら、練習も頑張れるぜ!」

 彼女は歯切れの悪い返答をしたが、それを気にせず珠樹は屈託のない笑み浮かべる。それから二人分の唐揚げをお金と交換して、次の注文を受ける。

 珠樹は手を振りながら、友達と川辺の方へ歩いて行った。朝陽は受付を離れて、唐揚げを揚げている父の元へと戻る。

「お前、東雲さんとお付き合いしてるのか」

 油に沈んでいる唐揚げを網ですくいながら、父は質問を投げた。

 家族に言うのは恥ずかしかったため、朝陽は何も説明していない。

「付き合ってないよ。今は、保留になってるっていうか……」
「そうか……」

 父はすくいあげた唐揚げの油を切る。わずかな沈黙に、朝陽は少しだけ緊張感を覚えた。

「……東雲さんのことは、大切にしてやるんだぞ」
「あ、うん……」

 そんなことは当然のことのように理解していたが、自分の親から言われると言葉の重みが増してくる。父は母を大切にしたからこそ、自分が生まれてきたのだと朝陽は実感した。