途中、眠気で力尽きた紫乃をおぶって、朝陽は家に帰ってきた。彼女を自分の部屋のベッドに寝かせて、リビングにいる母へ無事に帰ってきたことを報告する。

 母は朝陽の顔を見た途端、ニヤニヤと微笑んだ。

「なんか良いことあったんでしょ」
「えっ」
「顔に書いてある」

 前にもこんな会話をしたなと思い、朝陽はおかしくなって笑ってしまう。それを見た母も、また安心したような表情を見せた。

「あんたがまっすぐに育ってくれて、お母さんは嬉しいよ」
「そういうこと真面目に言われると、なんて返したらいいかわからなくなるんだけど……」
「褒めてるんだから素直に受け取っときなさい」

 頷いた朝陽は、とりあえず喉が渇いたため、冷蔵庫を開けようとする。しかし歩き出したところを、すぐに母へ呼び止められた。

「頼まれてたもの、ちゃんと見つけておいたわよ」
「え?」
「連絡網。あんたが探してって言ったんでしょうが」
「あ、あぁ……」

 今の今まで忘れていた連絡網を母から受け取る。そこには懐かしい人物の名前がズラリと書かれていて、朝陽はどこか懐かしい気持ちになった。

「よく連絡網なんて残してたね」
「水瀬さんとか東山さんとか小倉さんとか、今でもたまに連絡取ってるのよ」
「そういえば仲よかったもんね」

 朝陽はその子どもたちとあまり話したことはなかったが、母がその人たちの親と話しているのはよく見かけていた。

 母にお礼を言って、朝陽はひとまず家の外へ出る。明日の朝に電話をしてもいいかと思ったが、懐かしい気持ちは押さえておくことが出来なくて、今すぐにでも電話をかけたかったのだ。

 連絡網を見て、『晴野春樹』の欄に書かれている電話番号をスマホの画面に打ち込む。一度深呼吸をして、通話のボタンを押した。

 耳にスピーカーを押し当てると、呼び出し音が何度か聞こえてくる。しばらくすると、向こうへ繋がった。

『もしもし、晴野ですけど』

 声変わりのした低い男性の声。あの頃とは変わってしまったけれど、その相手が春樹であることを、朝陽はすぐに理解できた。

「もしもし、春樹?」
『えっ』

 今の声だけで、彼は分かってくれただろうか。朝陽はそれを期待して、春樹の言葉を待った。

『……もしかして、朝陽か?』
「うん、僕だよ。麻倉朝陽」

 一瞬の静寂。その後に、スマホが壊れてしまうのではないかというほどの大声が響いた。

『えええ?! ちょ、おまほんと久しぶりじゃん!?』
「春樹うるさい。切るよ」
『お前、そっちで上手くやってけてんのか? もしかしてボッチじゃねーだろうな?』

 朝陽の言葉は無視されてしまったが、春樹が何も変わっていないことに安心してしまったせいで、そんなことはどうでもよくなってしまった。

「友達、ちゃんといるよ。しかも女の子」
『いやいや、それはさすがに冗談だろ? だってあの朝陽がだぜ?』
「嘘じゃないって。玉泉珠樹っていうんだ。こっちに引っ越してきてから、初めて出来た友達だよ」
『へぇ、あの朝陽がなぁ……って、お前どんだけ連絡よこすのおせーんだよ。ダチなんだからよ、引っ越してからすぐに電話しろっつーの』

 今も友達だと思ってくれていることに、朝陽は心が打たれる。子どもの頃の春樹には友達がたくさんいたから、自分なんかを友達と思ってくれているのか不安に思っていた。

 だから引っ越した後に電話をするのが怖かったし、なるべく思い出さないようにもしていた。もう少し自分に勇気があればこんなにも遅くならなかったのにと、朝陽は心の中で自嘲する。

「ごめん、それとありがと」
『ん、たりめーだろ。幼馴染なんだし。てか今度、こっちで花火大会あるんだけど。お前、時間空いてたりしないの?』
「え、それって何日?」

 朝陽は花火大会があるという日にちを教えてもらった。時間があれば行きたいと思ったが、しかしすでにその日は予定が入っていて、昔馴染みの友達に会うことは出来そうにない。

「本当は行きたいんだけど、どうしても外せない用事があるんだ。友達の……珠樹が出る吹奏楽コンクールを見に行きたくて」
『あーそりゃ仕方ないなぁ。残念だけど、そっちの用事があるなら仕方ない』
「次、何かある時はまた誘ってよ。絶対行くから」
『あぁ、そん時はもっと早くに伝えるぜ』

 朝陽は春樹にお礼を言った。