夜。そろそろ眠ろうと思いベッドへ向かおうとすると、ちょうど朝陽のスマホが机の上で振動した。それは何度も振動を続けるため、おそらくメールではなく着信だ。こんな時間に誰だろうと思い、発信者の名前を見る。

 そこに表示されていたのは玉泉珠樹という見慣れた名前。何か伝え忘れたことがあったのだろうかと思った朝陽は、すぐに応答のボタンを押した。

「もしもし、どうしたの?」

 返事は中々返ってこない。

 もしかすると珠樹が危ないことに巻き込まれたのではないかと思い、心臓が大きく跳ねた。しかし朝陽を安心させるように、ようやく返事が返ってくる。

『……今からちょっと話したいんだけど』
「今から? 僕は大丈夫だけど、珠樹はいいの? 明日は部活があるんだし」
『私のことは気にしなくていい。とりあえず外に出てきて』
「えっ、外に?」
『今、朝陽の家の前まで来てるから』

 さすがに冗談だと思ったが、もしかすると本当に来ているのかもしれないと考えて、朝陽は部屋のカーテンを開けた。

 そして眼下を見下ろすと、スマホを耳に当てた珠樹が部屋を見上げていて、冗談なんかじゃないということを理解する。

「ちょ、こんな遅い時間に出歩いたら危ないって」
『危ないと思うなら、早く降りてきてよ』
「わかった、今から行くから」

 家族はもうみんな寝ているため、朝陽は足音を立てずに一階まで下りて外へ出た。そこには薄桃色のパーカーを羽織った珠樹がいて、朝陽が出てきたのを確認すると、持っていたスマホをポケットの中へとしまった。

「なんでこんな時間に出歩くの。お母さんが心配するだろ」
「お母さんは心配してないよ。何も言わずに出てきたから」
「それならもっと大変だよ。もし、珠樹がいなくなったって知ったら……」
「たまに外に出歩いてるから大丈夫。お母さんもお父さんも眠りが深いし、バレたことは一度もないから」

 バレなければいいという問題ではない。そもそも母親が心配をするということ以前に、珠樹が深夜に外へ出歩いていることが、朝陽にとっては不安なのだ。

 もし彼女の身に何かがあったら。そういう考えを思い浮かべるだけで、どうしようもなく不安に駆られてしまう。

「帰ろう。僕が送ってくから」

 そう言って珠樹の腕を掴んで歩き出そうとするも、彼女が自発的に歩き出す気配はない。一度立ち止まって振り返ると、珠樹は朝陽に対して安心したような表情を浮かべていた。

「海に行こうよ。ちょっとだけだから。ちょっとだけ話をして、すぐに戻るよ」

 珠樹が自分から海に行こうと提案したことに、朝陽は素直に驚いた。彼女にとっての海はトラウマの象徴であり、出来るだけ近付きたくなかった場所のはずだ。それなのに、今は海に行きたいと言う。

「……大丈夫なの?」
「朝陽がそばにいるなら、大丈夫だと思う。それに浜辺にいれば溺れたりはしないでしょ?」

 たしかに、海へ入らなければ溺れるなんてことはない。相変わらず珠樹がなにを考えているのか分からないが、それで納得するならと朝陽は頷いた。

 もし珠樹の母にバレてしまったら、連れ戻すことのできなかった自分が謝ろう。そう心の中で決意して、朝陽は彼女と一緒に深夜の海へ向かった。