カウンターの上を、小さな丸が列をなして通っていく。シャボン玉のように透明で、周りが虹色がかっているそれらは、古いホウキの付喪神(つくもがみ)らしい。丸くてキュキュッと鳴くから、松之助さんは『キュキュ丸』と呼んでいるそうだ。

キュキュ丸が通ったところはツヤツヤと綺麗になっていた。お皿やグラスを避けながら、ちょこちょこと動くのが可愛い。

そんな不思議なお掃除隊を、微笑ましく眺めていられたのも束の間。


「ほんっと、やってらんないわ!」


五杯目のビールを一気に飲み干し、ドン、と机にジョッキを置いたトヨさんが口をとがらせた。

座敷のほうでは、ネクタイを頭に巻いた年配の神様らしきお客さんたちがどんちゃん騒ぎをしている。今どき人間でもそんな騒ぎ方をしないのでは、と思いつつもそれを言葉にすると面倒なことになりそうなので、胸の中にしまっておくことにする。

壁にかかっている鳩時計が、七時を示していた。


「最近の子たちって、なんでああなの?」

「えっと……?」

「なんでお伊勢参りに来てるのに、内宮とおはらい町にしか行かないの? ちょっと調べれば外宮から参るのが正式だって書いてあるはずなのに、外宮のことはみんなすっ飛ばしていっちゃうんだから!」


プリプリと拗ねたように怒りながら、トヨさんは「松之助、おかわり!」とまた空いたジョッキを掲げた。

【伊勢神宮】で検索をかけると大抵、画像欄の一番目に出てくる、橋と大きな鳥居のコラボレーション。内宮にある『宇治橋(うじばし)』と呼ばれるその橋からの美しい景観を拝みに、内宮に観光客が集まってしまうのは、仕方ないことのように思う。

伊勢神宮の外宮は、内宮からおよそ五キロメートル離れたところにあって、昔の人はみんなその道のりを歩いたそうだけれど、今どき歩く人も少ないだろう。観光のメインはやっぱり内宮だろうし、それだけで満足してしまう人がいてもおかしくない。

私自身も、外宮前から出ていたバスに乗って内宮まで来たけれど、内宮とおはらい町の賑わいは桁違いにすごくて、驚いたものだった。


「トヨさんのいつもの演説が始まったな」


そう言って六杯目のビールをトヨさんの前に置いた松之助さんは、さっきからせわしなく手を動かし続けている。

今も小皿に煮干しを盛ったかと思えば、入り口近くにいた猫にサッと出していた。


「あれ、その猫もお客さんなんですか?」

「ああ、いや、そいつは招き猫の付喪神の『ごま吉(きち)』。煮干しあげる代わりに、店の前で客引きしてもらっとんの」


隙を見て尋ねた私に、松之助さんは簡単に説明してくれる。三色の毛が白ゴマと黒ゴマと金ゴマっぽいから、ごま吉と呼んでいるのだとか。普通の三毛猫のように見えたごま吉は、煮干しをおいしそうに頬張ったかと思えば、後ろ足で立ち上がり、二足歩行でとことこと店の外へ出て行った。

どうやらここは神様たちの間で評判のお店らしい。次々とやってくるお客さんたちを松之助さんはひとりで相手していた。掃除はキュキュ丸に任せておけるにしても、人手不足というのは、この店にとってかなり深刻な問題なのだろう。