歩きながら、バスに揺られながら、嬉野さんに本当のことを話した。
嘘をついてしまったこと。
華怜は元々記憶喪失で、アパートの前に倒れていたこと。
そして、僕と今付き合っていること。
その全てを真剣に聞いてくれて、聞いてくれた上で、全てを笑って許してくれた。
「なぁんだ。そういうことだったんだねっ」
日が沈みかけの住宅街を歩きながら、あっけらかんと嬉野さんはそう言った。いつの間にか、僕に対する敬語は取れていた。
「どうりで、兄妹にしては仲が良すぎるなって思ってたの」
「あの、ずっと嘘ついててごめん……」
だから僕も、敬語を外した。
「気にしないでいいよ。でも、そっかぁ……二人とも、付き合ってるんだね……」
その言葉はどこか憂いを帯びていて、僕の胸がキュッと締め付けられた。
「私、これからも公生くんや、華怜ちゃんと関わっていいのかな?」
「それはむしろ、こっちからお願いしたいっていうか……華怜って、嬉野さんにすごく懐いてるから」
「じゃあ、今までと何も変わらないね」
そう言って嬉野さんは微笑んだ。だけどその微笑みの端に、少しだけ寂しさが混じっているのがわかってしまって、僕の心はまた締め付けられる。
どうして彼女がそんな気持ちを抱いているのか、その時の僕にはわからなかった。
やがて僕の住んでいるアパートまで着いたけれど、まだ背中の華怜は眠っていた。起こしたりしないように、嬉野さんは気遣って小声で話してくれる。
「それじゃあ、帰ったらメールするね」
「うん、わかった。ごめん、家まで付き添ってもらって」
「公生くんは気にしないで。華怜ちゃんが起きたら、楽しかったよって伝えておいてくれるかな」
「伝えておくよ」
最後にもう一度嬉野さんは微笑み、小さく手を振って曲がり角を曲がった。僕はそれを見えなくなるまで見送ったあと、華怜を背負ったまま部屋へと戻る。
電気を点けた後布団の上へゆっくり寝かせると、彼女はまぶたを震わせ起きてしまった。
薄っすらと、まぶたが開く。
「ごめん、起こしちゃった?」
「……ここは?」
「アパートだよ。あの後寝ちゃったから、嬉野さんと一緒に戻ってきたんだ。楽しかったですって言ってたよ」
そう伝えてあげると、華怜はようやく小さくだけど微笑んでくれた。僕がそれに安心していると、唇が小さく動く。
「あの、お願いごとをしていいですか……?」
「お願い事?」
「キス、してください……」
ここでそんなお願いをされるとは思わなくて、思わずたじろいでしまったけれど、ちゃんと唇を合わせてキスをした。
軽く触れるだけのキスだったけれど、華怜はニコリと微笑んでくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「今日は、このまま眠りませんか?」
ちょっと早すぎるなとは思うが、僕は華怜の隣へ行き布団の中へ潜り込んだ。昨日とは違い、今日はちゃんと向かい合っている。
心の距離がようやく元に戻った気がした。
華怜は抱きついてきて、僕はそれを受け止める。しばらくそうしていると、胸の中で、ぽつりと呟いた。
「今日は、本当にごめんなさい」安らかな声だった。
「私、本当に不器用で、公生さんはそんなことしないってわかってても不安になって……それで、思わず叩いちゃったんです」
こんなつもりじゃなかった。あの時の華怜は、そんな後悔の表情をしていた。だから僕は、あんなことをされても全然痛くなんてなかった。
華怜の方がずっとずっと傷付いていたのだ。
「今は、全部忘れよう。今日はちょっと調子が悪かっただけで、明日になればいつも通りになってるから」
「そう、ですね」
なんとなく、歯切れが悪かった。
「公生さんは、ずっと私のことを好きでいてくれるんですよね」
「当たり前だよ。華怜が僕のことを嫌いになっても、僕の前からいなくなったとしても、ずっと好きでいるから」
僕はなんとなく、別れを予感していたのかもしれない。だからこそ、どこにも行かせないようにと強く抱きしめた。華怜は、腕の中でぐったりとしている。
「……嬉しいです。本当に、嬉しい」
それから昨日と同じく、華怜は僕の匂いを嗅ぐために息を大きく吸った。その行為が、どういう意味をして示しているのか、僕にはわからない。
「もう、寝ますね」
「うん……」
「ありがとうございます、公生さん……私を好きになってくれて」
そう呟いた華怜は、やがて小さな寝息を立て始めた。僕はそれを聞きながら腕の力を弱めていく。なんだかそれを聞いていると、僕まで眠くなってきて、次第にまぶたが落ちていった。
まどろみの中、声が聞こえる。
何度も聞いた、僕の一番大好きな声だった。
私は、ずっと前からあなたのことを知っていたんですよ。一緒に桜を見に行って、庭園に遊びに行って、一緒にタイムカプセルを埋めました……
それを思い出した時の私は、そんなことを考えちゃいけないのに、とってもとっても嬉しくて、再会を喜んでしまいました……
今だから言えるけど、私はずっとずっとあなたのことが大好きでした。あなたと再会する前から、他の誰よりも愛していたんです……
だけどこれ以上先に、私は進むことができません……
本当ならずっとずっと先の未来まで、あなたのそばに寄り添い続けたかったです。一緒に夢を叶えて、あなたの書いた本を一番初めに読みたかったです……
……いつか、必ず本を出してください。
私は遠いどこかで、それを待ち望んでいます。もしかしたら、あなたのすぐそばで……
今まで、ありがとうございました……
最後にあなたと再会できて、本当に嬉しかったです……
僕はきっと目を覚ましたとき、そのまどろみの中聞こえた言葉を全て忘れているのだろう。
嘘をついてしまったこと。
華怜は元々記憶喪失で、アパートの前に倒れていたこと。
そして、僕と今付き合っていること。
その全てを真剣に聞いてくれて、聞いてくれた上で、全てを笑って許してくれた。
「なぁんだ。そういうことだったんだねっ」
日が沈みかけの住宅街を歩きながら、あっけらかんと嬉野さんはそう言った。いつの間にか、僕に対する敬語は取れていた。
「どうりで、兄妹にしては仲が良すぎるなって思ってたの」
「あの、ずっと嘘ついててごめん……」
だから僕も、敬語を外した。
「気にしないでいいよ。でも、そっかぁ……二人とも、付き合ってるんだね……」
その言葉はどこか憂いを帯びていて、僕の胸がキュッと締め付けられた。
「私、これからも公生くんや、華怜ちゃんと関わっていいのかな?」
「それはむしろ、こっちからお願いしたいっていうか……華怜って、嬉野さんにすごく懐いてるから」
「じゃあ、今までと何も変わらないね」
そう言って嬉野さんは微笑んだ。だけどその微笑みの端に、少しだけ寂しさが混じっているのがわかってしまって、僕の心はまた締め付けられる。
どうして彼女がそんな気持ちを抱いているのか、その時の僕にはわからなかった。
やがて僕の住んでいるアパートまで着いたけれど、まだ背中の華怜は眠っていた。起こしたりしないように、嬉野さんは気遣って小声で話してくれる。
「それじゃあ、帰ったらメールするね」
「うん、わかった。ごめん、家まで付き添ってもらって」
「公生くんは気にしないで。華怜ちゃんが起きたら、楽しかったよって伝えておいてくれるかな」
「伝えておくよ」
最後にもう一度嬉野さんは微笑み、小さく手を振って曲がり角を曲がった。僕はそれを見えなくなるまで見送ったあと、華怜を背負ったまま部屋へと戻る。
電気を点けた後布団の上へゆっくり寝かせると、彼女はまぶたを震わせ起きてしまった。
薄っすらと、まぶたが開く。
「ごめん、起こしちゃった?」
「……ここは?」
「アパートだよ。あの後寝ちゃったから、嬉野さんと一緒に戻ってきたんだ。楽しかったですって言ってたよ」
そう伝えてあげると、華怜はようやく小さくだけど微笑んでくれた。僕がそれに安心していると、唇が小さく動く。
「あの、お願いごとをしていいですか……?」
「お願い事?」
「キス、してください……」
ここでそんなお願いをされるとは思わなくて、思わずたじろいでしまったけれど、ちゃんと唇を合わせてキスをした。
軽く触れるだけのキスだったけれど、華怜はニコリと微笑んでくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「今日は、このまま眠りませんか?」
ちょっと早すぎるなとは思うが、僕は華怜の隣へ行き布団の中へ潜り込んだ。昨日とは違い、今日はちゃんと向かい合っている。
心の距離がようやく元に戻った気がした。
華怜は抱きついてきて、僕はそれを受け止める。しばらくそうしていると、胸の中で、ぽつりと呟いた。
「今日は、本当にごめんなさい」安らかな声だった。
「私、本当に不器用で、公生さんはそんなことしないってわかってても不安になって……それで、思わず叩いちゃったんです」
こんなつもりじゃなかった。あの時の華怜は、そんな後悔の表情をしていた。だから僕は、あんなことをされても全然痛くなんてなかった。
華怜の方がずっとずっと傷付いていたのだ。
「今は、全部忘れよう。今日はちょっと調子が悪かっただけで、明日になればいつも通りになってるから」
「そう、ですね」
なんとなく、歯切れが悪かった。
「公生さんは、ずっと私のことを好きでいてくれるんですよね」
「当たり前だよ。華怜が僕のことを嫌いになっても、僕の前からいなくなったとしても、ずっと好きでいるから」
僕はなんとなく、別れを予感していたのかもしれない。だからこそ、どこにも行かせないようにと強く抱きしめた。華怜は、腕の中でぐったりとしている。
「……嬉しいです。本当に、嬉しい」
それから昨日と同じく、華怜は僕の匂いを嗅ぐために息を大きく吸った。その行為が、どういう意味をして示しているのか、僕にはわからない。
「もう、寝ますね」
「うん……」
「ありがとうございます、公生さん……私を好きになってくれて」
そう呟いた華怜は、やがて小さな寝息を立て始めた。僕はそれを聞きながら腕の力を弱めていく。なんだかそれを聞いていると、僕まで眠くなってきて、次第にまぶたが落ちていった。
まどろみの中、声が聞こえる。
何度も聞いた、僕の一番大好きな声だった。
私は、ずっと前からあなたのことを知っていたんですよ。一緒に桜を見に行って、庭園に遊びに行って、一緒にタイムカプセルを埋めました……
それを思い出した時の私は、そんなことを考えちゃいけないのに、とってもとっても嬉しくて、再会を喜んでしまいました……
今だから言えるけど、私はずっとずっとあなたのことが大好きでした。あなたと再会する前から、他の誰よりも愛していたんです……
だけどこれ以上先に、私は進むことができません……
本当ならずっとずっと先の未来まで、あなたのそばに寄り添い続けたかったです。一緒に夢を叶えて、あなたの書いた本を一番初めに読みたかったです……
……いつか、必ず本を出してください。
私は遠いどこかで、それを待ち望んでいます。もしかしたら、あなたのすぐそばで……
今まで、ありがとうございました……
最後にあなたと再会できて、本当に嬉しかったです……
僕はきっと目を覚ましたとき、そのまどろみの中聞こえた言葉を全て忘れているのだろう。