華怜が服を選んでいる間、スマホでここら辺一帯のニュースを調べたが、女子高生誘拐や失踪等の事件は一つも引っかからなかった。
 一応この近辺に限らず隣の県なども検索の候補に入れてみたけれど、しかし一件も見つからない。まだ事件として取り沙汰されていないのか、それとも何か深い事情があるのか。
 向こうのワゴンで、格安の服を選んでいる笑顔の華怜を見ながら僕は思う。
 今この瞬間も、両親は華怜のことを探しているのかもしれない。そういうことを考えると、本当にこれでよかったのかと自問してしまう。
 そんな答えは、とっくに分かっている。いいわけあるはずがない。
 だけど僕は、せっかく見つけた日常を変えてくれるかもしれない存在を、すぐに手放すことができなかった。それにきっと、それは今の華怜も望んでいることだから。

「公生さん」

 考え込んでいると、いつの間にか両手に服を持った華怜が覗き込んでいた。スマホをポケットにしまう。

「なにか、あったんですか?」

 不安そうに僕を見てきたから、柔らかい笑顔を張り付けた。

「ううん、なにも。ちょっと考え事してた」
 それから持っていた服を指差して、
「もうそれに決まったの?」
 と話を変えた。独善的な気持ちが芽生えていたことを悟り、自分が嫌になってくる。
 華怜は頬を染めて、持っていた服を僕に見せてくれた。
 白色に黒の英文字がプリントされたTシャツと、爽やかな色のワンピース。それはどちらも安物で、華怜の性格の良さが見て取れた。

「実は、どちらが似合ってるかなと思いまして……」

 まるで妹が出来たかのような気持ちになって、そういえば妹がいたんだと思い出す。仲は良い方だけれど、大学に進学してからは年末年始しか会っていない。

「どっちも華怜に似合うと思うよ」
「お世辞ですか?」
「お世辞じゃないよ。髪が長くて顔も整ってるから、どっちも爽やかに着こなせるんじゃないかな」

 普段はこんなセリフを女の子に言えるはずないが、なぜか華怜にはまっすぐと言えた。
 上流から下流へ水が流れるように、スッと言葉に出来たのだ。
 華怜は持っていた洋服で鼻から下を隠し、恥ずかし気に視線をそらした。
 その仕草に初々しさを感じて、僕も気恥ずかしくなる。

「せっかく買うんだからさ、ワゴンじゃなくてもう少し高くてもいいよ」
「だ、大丈夫です。公生さんに迷惑はかけられませんから」

 そう言って、トテトテと足取りを乱しながら戻っていった。僕は我が子を見守るように小さく笑みを浮かべる。
 結局華怜は僕が褒めた服をどちらも持ってきて、だけど必要最低限の枚数しか買わなかった。
 パジャマにTシャツにスカート。洗濯して着回せば衣服には困らないが、あまりにもバリエーションに乏しかった。
 最近の女学生はそういうものなのかと思ったけれど、そんなわけない。気を使っているのだ。おしゃれに無頓着な妹でさえ、たくさん服を持っているのだから。
 僕は会計の時に、彼女の購入した衣服のサイズをさりげなく覚えておき、店を出てから「忘れ物をした」と言ってもう一度中へ戻った。
 流行りの服として展示されている、なるべく春らしい爽やかな服を探して、すぐに見つける。
 白を基調としたカットソーに青のロングスカート。
 これならきっと華怜に似合うと思って、白の羽織ものと一緒にレジへ持っていった。
 先ほど華怜と一緒にレジに並んだから、なにもおかしな目では見られていない。むしろ店員さんは微笑んでいて、僕はなんだか照れ臭かった。

「妹さんへのプレゼントですか?」なんてことを訊かれたから、「まあ、そんな感じです」と曖昧に濁す。この人も、華怜のことを妹だと勘違いしているようだ。
 サービスでプレゼント用の包装をしてくれて、お礼を言ってから店を出る。華怜は紙袋の中に入っている服を嬉しそうな表情で覗き込んでいた。

「ごめん、遅くなった」
「あれ、公生さんも買ったんですか?」

鈍い華怜でよかったと同時に、微笑ましくなる。

「そんな感じかな」
「今度、着ているところ見せてくださいね」

ふと、自分が着ている姿を想像して寒気が走った。そんな妄想を、すぐに頭の中から掻き消す。
せっかく繁華街へ足を運んだのだから、ファミレスで夕食を食べようと提案する。しかし華怜は立ち止まって、反対の歩道にあるスーパーへ視線を向けた。
 もう夕刻で日は沈み始めているため、多くのお客さんがカートを押して歩いている。

「公生さんの家に、何か食材はありますか?」

 突然そんなことを訊かれ、冷蔵庫に入っているものを思い浮かべた。玉ねぎ、レタス、牛乳、ジャガイモ、ウインナー。自炊はめったにしないから、それ以上はあまり覚えていない。
 華怜は頷きながら、冷蔵庫の材料を反芻するように呟き、しばらくするとニコリと微笑んだ。

「スーパーに寄っていいですか? いくつか、買いたいものがあるんですけど」

 その意図はすぐにわかった。

「華怜って料理出来るの? 記憶は?」
「自分が誰なのか、どこから来たのかは思い出せないんですけど、日常生活の細かな記憶は覚えてるんです。たぶん、大丈夫だと思います」

 そういえば、個人情報や家族に関する記憶は無くなっても、日常生活の細かな記憶は無くなったりしない場合があると聞いたことがある。

 華怜の手料理、食べてみたいと思った。
「じゃあ、お願いしていいかな」
「任せてください!」

 華怜は制服の袖をまくって、大きくガッツポーズをしてみせる。それに和んで、僕らはスーパーの中へ入った。
 途中「なにを作るの?」と訊いてみると、「うーん、内緒です」とほうれん草を選別しながら上の空で答えていた。集中力があるようで、本を読んでいるときの僕みたいだと思った。
 食材の乗ったカートを押しながら、ふと思う。
 もしかすると、周りからは新婚夫婦のように見えているのかもしれない。華怜がもし、制服ではなく僕の買った洋服を着ていたら、本当にそう見えていても不思議じゃない。
 それがなんだか嬉しくて、同時に気恥ずかしかった。バカな妄想はこれぐらいにしておこう。
 それからはどんな調味料が置いてあるかなどを色々と訊かれて、足りないものを買い足していった。
 全ての食材にかかるお金は外食をするよりもずいぶん安くて、これからは自炊をするのもいいかもしれない、なんてことを考える。
 帰り道、夕焼け色に染まる住宅街を歩きながら華怜が「こうしていると、夫婦みたいですね」なんてことを屈託のない笑みを浮かべながら言ってきたから、僕は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。
 そんな微笑ましい僕を茶化すように、どこからか小鳥の鳴き声も聞こえてくる。