あ、と思う間もない。玄関で靴を脱ぐ音がし、居間に迅が顔を出した。

「マナカ、玄関の靴ってさぁ」

なんの気なしにそう言った迅の目には、私と聖が同時に映っただろう。
数瞬の間が私たち三人に流れた。誰もが息を飲み、言葉を失う。

「……にいちゃん……」

聖が呟き、それからぐらんと仰向けにひっくり返った。人間が気絶するところを、私は初めて見た。





「まだ信じらんない」

目覚めた聖はひとしきり迅を眺め呟いた。死んだはずの兄を見た聖は見事に気絶し、30分も寝ていた。起きだし夢ではない兄との再会にもうひと騒ぎし、そしてようやく落ち着いて話せる状態になったのだった。私たちはちゃぶ台を囲んで、この異常事態の説明会をしている。

「生きてるなんて……」
「いや、だから幽霊なんだってば。生きてはいないんだよ。夕方にはこの身体ふにゃふにゃになって触れなくなるんだよ。おもしろいぞ」
「ちっともおもしろくねーよ。俺、幽霊とか信じない派なんだけど……あー……もうちょっとわけわかんないわ」

迅の無邪気な言葉に、聖はため息をつくばかりだ。落ち着いたとはいえ、まだ混乱している。気持ちはわかる。私も迅と再会したばかりのときは、どう見ても生きている迅を見て、とぼけてタチの悪い嘘をついているとしか思えなかった。